お知らせ

2014.08.28 UPDATE

「先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ」

第32回『社会事業家100人インタビュー』

~若者の就労支援から地域全体での若者の成長・活躍の場づくりへ~
ゲスト:(特)エンド・ゴール 理事長 大久保智規さん

 

<プロフィール>

大学卒業後、アパレル販売会社で販売を経験。退職後、フリーのキャリアカウンセラーとして、ニート・フリーター・学生といった若者達を支援する先駆的な活動を始める。(特)エンド・ゴールを設立し、講演・相談・教育活動に従事。厚生労働省認定事業の若者サポートステーションを知多市と一宮市で運営、半田市まちづくりひろば運営委員長就任など、地域と協力して若者を見守るネットワークを構築。また、他に類の無い「就職相談」×「萌え」によって生まれたPRキャラクター「知多みるく」に始まる「知多娘。プロジェクト」では、地域の観光PRをおこなって話題を呼び、行政や企業とともに若者のチャレンジの場を増やしている。

<今回のインタビューのポイント>(川北)

地域課題の中に若者のチャレンジの場をみつけ、地域に新たなものを創造しながら若者の成長を支援している大久保さん。若者の無業が社会問題として注目される以前から、なぜこの仕事に取り組み、続けることが出来ているのか、その発想と行動を背景から学んで欲しい。

 

キャリアカウンセラーという仕事を創る

エンド・ゴールは、若者へのキャリア支援、「自分の掲げた最終目標に向かってチャレンジし続ける若者の応援」をテーマに、キャリアカウンセリング、キャリアコンサルティングをおこなっています。若者が、キャリアカウンセラーを活用することで、自分の可能性を伸ばせる世の中をめざしています。2005年の団体設立以前の26・7歳の頃から、フリーのキャリアカウンセラーとして活動をしていました。当時の日本には無業は若者個人の人間性の問題であり社会システムの問題ではないといったような風潮がありました。

大学を卒業してアパレル販売会社に入社した1999年は、就職氷河期の真只中でした。バブル景気の頃には「トレーナー1枚が5万円でも売れた」という職場の先輩の話を聞きながら、私が扱っていたのは1枚3000円のトレーナー。その年は(株)ユニクロの低価格の商品がよく売れていた年だったということが時代を象徴しています。そして、気が付いたら市場には999円のトレーナーばかりが溢れる世の中になっていました。小さな販売店にいながらがら、世の中の大きな変化を感じていました。Made in Japan の服がどんどん店頭から消えていき、岐阜や一宮の工場の営業マンたちの顔色がどんどん悪くなる。これは大変なことが起きている、それが何なのかを知りたい、と思い、入社3年で退職して、放浪生活を始めました。

退職後、ハローワークにも足を運びました。そこには自分の父親世代の人たちが列をなしていました。それまで一生懸命働いていたのに、下請け会社や力の弱い会社に勤めていた人たちが失業していった。決して怠けていたわけではない人たちが、不況の下で厳しい状況にさらされていました。そこに強い違和感を覚えました。がんばれば報われるといわれて育ったが、現実はそうではない。答えが欲しい、と模索して模索していた時に、「キャリアカウンセリング」という言葉に出会いました。当時は、ほとんど知られていなかった言葉ですが、とても魅力を感じ、これを普及させたいと思いました。

ちょうどその頃、各地域で行政による若者向けの就職支援センターが開設され始めましたが、まだ、暗中模索の段階でした。これだけ若者の失業・無業の問題が顕在化している中、この国には若者をサポートするキャリアカウンセリングのシステムが機能していないと知ったとき、驚きとともに天啓を受けた思いでした。そこで、それを自分がやりたいと心に決め、キャリアカウンセラーの活動を始めました。

始めてから3、4年は無収入どころか赤字でしたが、辞めようとは思いませんでした。グローバル化が進むと、社会に中流層がどんどん少なくなり、富裕層と低所得層に分かれていく―そして、そのほとんどの人は低所得層になるだろう。今では誰もが感じていることですが、10年前に気が付いていた人は少数派だったと思います。このままでは中流層の子供がどんどん低所得層になるのに、誰もその層に向けた支援をやっていない。富裕層は教育投資を惜しまないのでエリート教育は儲かりますし、低所得層には福祉的な公的支援があります。中流層は目先であまり問題が差し迫っていないので、社会も個人もその支援を後回しにする傾向があるように思いますが、それ故にそんな若者層の支援の必要性を感じたので、取り組みを続けました。

 

「知多娘。」で広がった若者支援の裾野

ところが、自分の思いを形にするビジネスモデルは組み立てられず、昼間、正社員をめざす人対象の就職セミナーの講師をやり、夜は様々な場所でアルバイトをするといった生活を続けながらも、いずれ世の中で必要とされるだろうという確信を深めていきました。そして、ようやく2000年代後半になると、ニートや若者のキャリア支援が社会課題として注目されるようになってきました。その時点で、個人の活動がNPO法人としての活動となり、事業規模も大きくなりました。半田市と一宮市で就労支援の拠点を運営し、2014年9月には江南市と東海市にも支援の拠点を開設します。半田市では若者が働くカフェとアンテナショップを運営しています。

2010年、厚生労働省委託事業である「ちた地域若者サポートステーション」のPR用キャラクターとして「知多みるく」を誕生させたことがエンド・ゴールにとって大きな転機になりました。このキャラクターが生まれて、事業規模が10倍に、社員数が20倍に、ホームページへのアクセス数は一日200件だったのが多いときで100万件を超えるといった劇的な変化がありました。私たちは「知多娘。プロジェクト」を組み、キャラクターたちに地域で活躍する設定を与えて、声優を地域の若者から募集しました。「オタク」「イロモノ」の扱いも受けますが、キャラクターを考案した背景には、どうPRすればターゲットに支援が届くのかという真剣な悩みがありました。本当に支援が必要としている若者こそ、その重要性に気づいてもらえない現状があります。エンド・ゴールは、まだ世の中の変化に気付かず、自立や自己成長の必要性を感じていない若者たちを支援したいのです。私たちの支援したい若者は拠点には来ないという矛盾を抱えていました。

08年のリーマンショックで「派遣切り」が起きたとき、若者の失業者は増えましたが、サポートステーションへの相談は減りました。その理由を考えると、キャリアへの意識が希薄な若者は、失敗すると自分の行動を振り返って修正せずに、また同じ行動を繰り返します。派遣で切られたのにまた同じようなプロセスをたどり派遣の仕事に就こうとします。もちろんその背景には様々な問題はあるのですが、そもそも、キャリアカウンセリングを活用して自分の人生を構築し直そうという発想が無いのだと気付きました。キャリアカウンセリングという習慣を日本に根付かせるにはどうすればいいでしょうか。若者はその存在を知らないわけですので、まず、知って記憶してもらう必要がありますが、人が興味を引き記憶に残るのは、「好きなもの」「嫌いなもの」「違和感のあるもの」の3つです。その中から、「違和感のあるもの」に着目して、「失業」とかけ離れたテーマをミックスすれば何かしらの反応があるのではないか。そして、「萌え」を加味することにしたのです。その効果はすぐに表れ、1週間で少ないときは2人程度だった相談者の数は、「知多みるく」が世に出た翌週に、40人に膨れ上がりました。

就労支援における「知多娘。」の直接効果は、私たちが直接アプローチできるターゲットが増えたことと、さらに、キャリア支援の裾野を広げてくれたことがあげられます。キャリアに悩む若者が一番に頼りにする存在は、少し年上のお兄さん、お姉さんです。一方で、一番嫌いなのは「親の干渉」。信頼できる他者の存在は、悩む若者達に自己成長へのきっかけを与えます。「知多娘。」というコンテンツは、若者が地域と繋がり、自己成長できるキャリア支援の「場」として進化しています。また、「知多娘。」は海外進出もしており、そのビジネスモデル構築や運営に、インターンシップとして集まる学生を起用し多様な体験をしてもらっています。これは若者たちには大きな成功体験になっているようです。また、毎年行われるようになった「知多娘。」の声優オーディションは、若者がプロフェッショナルとして活動していくための厳しさ、至らなさを実感してもらう場として、有用なイベントとなっています。

 

地域の見守りが若者を育てる

若者へのキャリアカウンセリングは、利用者からの利用料だけではなかなか事業になりません。行政との連携を必要としますが、人口10万人程度の市町では、多くの場合就労支援は観光課が兼務していますが、実際は就労支援を専門担当者が存在しないのが現状です。知多娘。が「観光」という支援から行政と繋がり、自分たちやこの活動の本質的な想いを行政側がキャッチしてくれたことにより、知多半島では現在、就労支援への理解が進み、各市町が積極的な取り組みを行ってくださるようになりました。

「知多娘。」のキャラクターは、ケーキ、日本酒等、地元の特産品との連携もしていますが、これも地域と若者の連携に寄与しています。例えば、現在半田市で運営しているChitasanとしいう知多半島の物産のセレクトショップを運営しているのですが、半田市は地価が高いため、駅前に観光ショップがないという地域課題がありました。そこで、若者を雇用して育成しながら地域の観光PRをするアンテナショップを知多半田駅前で運営し、地域の課題を解決しながら、収益をあげていこうという地域連携での企画としてお店が始まりました。「知多娘。」のクレジットカードまでありますが、これは企業が自社のツールを使ってより社会貢献になる動きが出来ないかという議論から実現したプロジェクトです。若者の成長を見守りたい大人たちは、実は地域にはたくさんいて、今はそのネットワークを「知多娘。」が繋いでくれています。

若者の成長に必要なものは、外から強引に彼らを変えようとする力ではなくて、信頼できる他者と、自己肯定感を養える「場」です。地域にある課題は、転じてみるとそんな若者にとって有益な「人」と「場」の宝庫だと感じています。地域の課題が若者の成長に寄与できるのです。最新の活動として、知多娘。やインターンシップで集まった若者をコーディネーターとして活用し、半田市の駅前に若者が集まる場と悩み相談の場を作り、そこで集まった若者達を、地域の市民活動に繋げつつ、早い段階でキャリア支援に触れてもらうための試み「ココクルプロジェクト」をスタートさせました。

「知多娘。」で多くの可能性が生まれ、若者と地域をテーマに様々な形で事業展開していますが、個人的に今、注目しているのは、地域での新産業の創出です。この先、日本や地域が何で食べていくのか。人口問題やグローバル化の波の中、若者達がどうキャリア形成していけばいいのかということに関して、大人達がある程度の方向性を示していかなければならない大事な岐路にこの国は立っているような気がしています。

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