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2015.06.25 UPDATE

社会事業家100人インタビュー第40回

先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

~マチを育て、ミセを育て、ヒトを育てる。
地域の総合商社機能をもった民間のまちづくり会社の仕掛け人。~

2015年5月22日(金)19時~21時

於:(般社)ソーシャルビジネス・ネットワーク会議室

ゲスト:森山奈美 様
(株)御祓川 代表取締役

森山さん

 
<プロフィール>

七尾生まれの七尾育ち。父親がまちづくり活動に取り組む姿を中学生の頃から見続け、自身もまちづくりを志す。大学では「都市計画」を学び、卒業後はまちづくりのシンクタンクに就職。民間まちづくり会社株式会社御祓川(みそぎがわ)の設立に携わり、1999(平成11)年より同社チーフマネージャーを兼務。2007(平成19)年より現職。川を中心としたまちづくりに取り組み、その取り組みが日本水大賞国土交通大臣賞、第7回「川の日」ワークショップグランプリ、橋本龍太郎APFED表彰プログラム石川特別賞金賞などを受賞。2009(平成21)年には経済産業省「ソーシャルビジネス55選」に選出された。近年は「能登留学」で、地域の課題解決に挑戦する若者を能登に誘致している。さまざまな主体が関わるまちづくりのつなぎ役として、能登の元気を発信し、「小さな世界都市・七尾」の実現をめざして日々挑戦中。

 

<今回のインタビューのポイント>(川北)

長期実践型インターンシップ「能登留学」は、大学のないまち・七尾に半年間住み込み、地元企業や農山漁村のくらしに貢献し、まつりにも参加する「季節感」があるプログラム。外からの若い力と地元の資源がうまく融合する基盤がどのように構築されてきたか、森山さんの取り組みから学んでほしい。

 

真剣にまちづくりに取り組む大人を見ていた

1985年ごろ、「(人口が減って地域経済が衰退し)100年後には七尾はなくなってしまう!」という危機感から、青年会議所を中心に「七尾マリンシティ構想推進協議会」が設立されました。私の父親も熱心にその活動に参加し、まちの将来のために行動する背中を、子どもだった私はいつも見ていました。その構想とは、港と駅前に人の集まる施設をつくり、点を線で結ぶことで、町なかを活性化させようというものでした。なぜ七尾を存続させたいかといえば、毎年5月に行われる青柏祭(せいはくさい)を守りたいから。神事としては1000年続く伝統あるお祭りです。高さ12メートル、重さ20トンの日本一の山車が3日間かけて町なかを運行します。まちの自治の力は、「まつり」が大きく影響するのかもしれません。ともかく、私も「市民によるまちづくり」をやりたいと強く思ったのです。
一方で、学校の同級生は冷ややかで、「悪いのはなんでも七尾のせい」にしていました。つまり、まつりがあるからといって、すべての市民が同じ気持ちではないわけです。このギャップに戸惑いつつも、「『市民』って誰だろう?」という根本的な疑問がわき、大学へ進学しました。在学中のゼミや論文の題材はすべて七尾。そこは徹底して考え抜きました。
卒業後は、金沢で都市計画のコンサル会社に就職しましたが、民間まちづくり会社、株式会社御祓川の設立に参画します。いくら港と駅前が発展しても、町なかを流れるドブ川、御祓川の再生なくして線にはならないという思いからです。なぜNPOにしなかったのかとよく聞かれますが、まちのひとが地元のためにお金を出しあうのは普通の感覚だったから、としか言えません。これも大きなまつりを守ってきたまちの特徴かもしれません。

 

発展よりも循環、競争よりも連携を

(株)御祓川は、マチ(自然)、ミセ(経済)、ヒト(人材)の循環による、地域の活性化をめざしています。懸案だった御祓川の浄化は、外部から専門家や技術を持ってくれば早かったかもしれませんが、それでは、地域に住む人・働く人がかかわれません。そこで、川の問題を自分ごととして考える人を増やしたいと、川の調査や清掃、浄化実験など、さまざまな人が楽しんで参加できるアクションから、少しずつ拡げていきました。市民の手づくりで「御祓川方式循環型浄化システム」を完成させ、浄化装置で育つクレソンを使ってケーキをつくって販売したのもそのひとつです。また、川沿いの古い倉を再生したり、出店をプロデュースしたり、御祓川まつりを復活させたりと、川を軸にした取り組みを進めた結果、イベントがなくても、川べりに観光客や地元の人が集まるようになってきたのです。
会社としては、最初の4年間は赤字でしたが、5年目で単年度黒字を達成しました。私たちの役割は、テーマに応じて、商店街、学校、行政などいろんな主体が協力して動けるような座組み(ネットワーク)を考え、線を引き、つなぐことです。すべてのテーマにすべてのセクターを巻き込んでも、よい結果は生まれません。その時々で最適な組み合わせとつなぎかたを考えることがポイントです。

 

地震によって目線が上がり、循環の環が広がる

2007年に能登半島地震が起こり、これまでの川を中心とした振興から、もっと広い地域へのアプローチが必要だと痛感しました。そこで、地域の小さなチャレンジを応援するオンパク(注)「うまみん」や、「能登スタイルストア」をスタートさせます。
能登スタイルストアは、一言でいえば、地域の事業者が販路を広げるための情報発信のお手伝い。ウェブで能登の魅力的な人や商品を紹介し、注文をネットで受けて、各店舗に発注するという地域商社的役割です。
これら2つのインフラづくりを進めた結果、100以上の事業者とのつながりができたのですが、みなさん口をそろえて「若者がいない」と言います。地域の課題の大きさや深さに比べ、担い手が圧倒的に足りないのです。そこで、課題を解決するスピードをあげたいと考えて始めたのが、大学のない七尾に、他地域の大学から長期間インターンを受け入れる「能登留学」です。インターン生は基本的に半年間「インターンハウス」(シェアハウス)に住んで寝食もともにします。これまで約80名を受け入れており、U・Iターンするケースも出てきました。インターンハウスは、異なるプロジェクトに参画するインターン生が横でつながるだけでなく、地元のいろいろな人たちと交流できる場になっています。特に高校生たちは、なぜ大学生が七尾に来るのか不思議に思い、非常に刺激を受けるようです。インターン生との対話を通して、彼らが地元の魅力を見直す機会にもなっています。

(注)大分県別府市で2001年に始まった「温泉泊覧会」の略語。地元の人たちが小規模の体験交流型イベントを短期間に集中して実施することで、地域資源を活用した新しい商品やサービスの可能性を試せるだけでなく、地元の魅力を再発見できる副次的効果を持つ。現在、能登を含め全国に広がっている。
*別府での取り組みは、http://socialbusiness-net.com/contents/news936を参照。
(般社)ジャパン・オンパク

 

インターン生が役に立てる場と機会をつくる

「能登留学」の特徴は、企業の経営革新のプログラムだけでなく、集落受入型のプログラムも用意しているという点です。その集落やプロジェクトに自分がどのようにかかわれば役にたてるのか、自分がいなくなった後も問題が起こらないようにするには何をすべきか、などについて、自身で考えて挑戦してもらうスタイルです。特に集落に入るインターン生は、地元の人たちと信頼関係ができないと何も進みません。受け入れ先へのリスペクトがあり、「気がつく子」が愛される傾向があります。こういう部分にはやはり「育ち」が出るので、学校では教えてくれない、家庭や地域でのしつけは大事だと感じます。ただ、都市部と違って、「くらすこととはたらくこと」の分離がない生活の中では、複数名のチームでプロジェクトを担当してもらうほうが、モチベーションをより保てるようです。
春休みスタートのインターン生は、必ず青柏祭に参加してもらいます。まつりは、いわば「大事なこと」を伝承するための最大の教育システム。その「非日常」を共有した上で、改めて各自が日常のプロジェクトに向き合っていくのです。

misogigawa

 

まちの新しい担い手を育てるしくみ「御祓川大学」

2006年に参加した「地域リーダー養成塾」で、「経済的豊かさと幸せ感のギャップを埋めるものは、住民自治の充実度であり政治への参加度である」という調査結果(『幸福の政治経済学―人々の幸せを促進するものは何か』ブルーノ S.フライ、アロイス・スタッツァー著)を知って深く共感し、今後は住民自治の促進にも取り組むべきだと気づきました。
そこで、地域づくりに携わりたい人のために月1回、半年間にわたる講座を開講する「七尾マイプラン塾」を経て、「御祓川大学」構想がうまれます。地域の課題を自ら発見して解決へ導く道筋をつけられる人、つまり、まちの新しい担い手を育てる学びの場です。現在、インターン生が中心となって資金調達を行い、地域の人を巻き込みながら、かつて銀行だった建物のリノベーションを進めているところです。うまみん、能登スタイル、能登留学など、地域の担い手に向けた各種サービスを、この「御祓川大学」を入り口として提供していけたらと考えています。コミュニティ・スペースやコワーキング・スペース、チャレンジショップなどを設け、学び合い・発信・協働がどんどん生まれる場にしていきます。

(文責:棟朝)

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