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2017.02.24 UPDATE

社会事業家100人インタビュー第51回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

2017年1月10日(火)10時~11時半 於:生活クラブ館
生活クラブ生活協同組合・東京 専務理事 村上彰一さん

村上彰一様

2017年1月19日(木)14時~15時半 於:生活クラブ連合会事務所
生活クラブ事業連合生活協同組合連合会 会長 加藤好一さん

加藤好一様

 

<今回のインタビューのポイント>(川北)

今世紀に入って改めて関心が高まった「社会起業家」と呼ばれる人々は、ごくわずかの例外を除いて、社会の課題の1つに焦点を当てて、それに活動や事業で取り組んでいる。しかし、長い歴史を積み重ねてこられた日本の社会事業家の先輩たちに共通するのは、社会運動の基盤として組織を育て、消費者を市民へと育てるとともに、社会の課題を相次いて事業の主題としてきたことだ。世界が高く評価する日本の市民事業の代表例として、生活クラブの誕生から今日までを学んでほしい。

 

「意志あるところに生活クラブ」

1965年、牛乳の共同購入活動からスタートした生活クラブは、68年に生協法人化しました。当初、世田谷区に限定した組織を想定していましたが、練馬区の自治会生協の組合員からの要請を受け、同区の組織化にも着手。その後、保谷市(現在の西東京市)や板橋区、町田市、埼玉県新座市などにも広がっていきます。
これは、「安心・安全な商品を購入できるなら、組合員を集めることや配送などの業務を積極的に担います」という地域の人たち(組合員)の熱意や、創設者(注1)のバックグラウンドである社会党(現・社民党)員とのつながりによるもので、本部の方針や戦略ではありませんでした。実際、この時代は生協職員を求人しても集まりにくく、組合員が自律的・自発的に活動せざるを得なかったという事情もあったでしょう。「意志あるところに生活クラブ」と言われる所以です。
この「意志ある」は、気持ちだけではなく、出資金をきちんと納め、自ら動くことを意味します。80年代後半からは、関東地方以外にも広がりをみせますが、夫の転勤などの事情で地方に引っ越した組合員がその地で生活クラブを立ち上げる、というケースがほとんどでした。
消費材(後述)の供給高の拡大にともない、71年から各地で配送センター(=支部)がつくられていきますが、職員から組合員に「どれだけのお金が何のために必要か」を説明し、まず数字を理解してもらうところから始めました。
その建設費用は、主に組合員の出資と組合員債でまかなわれ、センターの経営や支部運営も、組合員によってボランタリーに行われていきます。コープかながわやコープこうべなど、大きな組織の先進事例をお手本にはしたものの、現実的には、各支部が置かれたさまざまな条件のもとで事業を進めていくしかありません。このように、「組合員による自治」は、創設の頃にすでに確立していたのです。

(注1)岩根邦雄さん。岩根さんが担った運動関係のつながりから、平田牧場や遊佐町農協など生産者とのつながりも生まれた。

 

組合員と生産者が共同で「消費材」を開発する

生活クラブでは、商品のことを消費材と呼びます。組合員は、設立当初から「私たちが生活していく上で本当に必要なものは、自分たちでつくるしかない」という強い思いを持ち、消費者にとって価値あるもの(消費材)の開発に取り組んできました。
72年の遊佐町農協との米の提携生産を皮切りに、74年には平田牧場の肉の産直がスタート。当時、センターに冷蔵施設がなかったため、職員は「無理だ」と反対したのですが、組合員が「何とか購入したい」との一心で実現させた経緯があります。平田牧場さんが、山形から東京まで豚肉を運んでくれ、組合員はトラックの助手席に乗って道案内したといいます。
実は、平田牧場と生活クラブはこの産直に先駆けて、日本初の無添加ウインナーの開発に取り組んでいました。組合員の強い要望によってソルビン酸(保存料)ゼロとしたのですが、輸送中に腐ってしまったのです。組合員はその事実を受け止めて、その後も平田牧場とのやり取りを重ね、ソルビン酸を可能な限り低減したウインナーを開発しました(注2)。実現には困難を極めましたが、生産者と組合員による消費材開発の原点でありモデルケースであると言えるでしょう。このような経験を通して、「〇〇という添加物を使っていないので、日持ちはしません」というような、生産者と組合員双方がリスクを分担するための情報開示は大切だ、という認識も自然に生まれてきたのです。

(注2)90年代に入り、生産・加工技術の向上によって、ソルビン酸を含む添加物を使用しないウインナーは実現した。

 

班による共同購入と学習の一体化

豚肉は一頭買いのため、「自分が好きな部位だけ買う」などということはできませんでした。販売単位も大きく、基本は1kgのブロック肉です(注3)。組合員同士の調整をへて、規定を満たす発注が取りまとめられ、週に1回、班に配分されていました。
毎月1回の「班会議」が組合員の自宅で行われ、職員が出向いて学習会を併催することもありました。消費材の説明にとどまらず、組合員が知りたいこと・学びたいことを学習する自発的な場です。班購入と学習の一体化は、組合員の結束力を高め、自主的な運営・管理スタイルの構築にも大きく貢献しました。その反面、このような縛りを嫌って退会する人が多かったのも事実です。
70年代に入ると、加工品開発への要望が高まります。ただ、オリジナルの消費材の開発は、組合員にとって購入の責任がともないますから、安易な開発に反対する声もまた多く、「生活クラブの加工品とはどうあるべきか」という議論が続きました。
結果として、「一次産品の延長として、素材を無駄なく有効利用する」という観点で開発がすすめられ、消費材の幅は少しずつ広がっていきました。また、77年に「生活クラブ親生会」という生産者組織(注4)が結成され、各地域で新たな生産者やメーカーがつながり、加工品の生産にも大きく貢献しました。
80年代には、デポー(注5)やワーカーズ・コレクティブ(注6)事業がスタートします。地域でくらす人の生活全体にアプローチする画期的な取り組みと言えるでしょう。

(注3)90年代以降、世帯人口の減少やライフスタイルの変化によって小容量への需要が高まり、700gパックやスライス肉の購入も可能となった。
(注4)47の生産者で発足。2016年現在、131法人が所属。
(注5)生活クラブで取り扱う食材が購入できる店舗。現在都内に9店舗あり、組合員のみ利用できる。
(注6)「暮らしやすい地域社会づくりを目的に、まちに必要な機能を自分たちで事業化し、一人ひとりが経営者であり労働者として事業に関わります。仕事の目的や働き方、報酬などはみんなで話し合って決め、責任もみんなで持つ『働く人の協同組合』です」(生活クラブ東京のウェブサイトより)。パン・お弁当販売やレストラン運営、子育て・家事・介護のたすけあいの他、個別配送組合員への消費材の配達、デポー(=店舗)のフロア業務など多様なワーカーズがある。

 

組合員自治の発展形としての地域自治の可能性

一般の消費者が利便性を求めた90年代、生活クラブ以外の生協は、組合員にできるだけ負担をかけない「手軽さ」をアピールすることで拡大を図り、結果として、生協間で顧客を奪い合うことになります。
生活クラブにとっても、組合員の増減は死活問題ですが、社会の変化に対応するきっかけをなかなかつかめませんでした。2000年代に入ってからようやく、「組織のあり方、組合員の参加のあり方、消費材の開発のあり方などを大胆に改革しないと終わりだ」という意識が共有され、(班単位の発注・配送から)個別宅配(個配)中心とすること、班を組織の単位から外して個人が決定権を持つこと、支部を「まち」と呼ぶことなどが5か年計画に明記されました。組合員の同質性を高めてここまでの力が持てたことの限界を認め、多様性と向き合うための決断です。ただし、生活クラブとしての方向性や譲れないことについては、変わらずきちんと筋を通し、差別化を図っています。
近年、「子育て世代を応援する生協」(注7)としての取り組みを進めた結果、30~40代の組合員が増加して世代交代が進み、育休時にリーダーを経験して理事・議員になったり、ワーカーズで働いたりする人も出てきました。シェア・エコノミーや人とのつながりが注目されている今こそ、生活クラブの強みが発揮できる時代なのかもしれません。
食だけでなく、生活コスト全体で生活クラブが占める割合を上げるために、特に東京では、住まいの支援にも力を入れていきたいと考えています。町田センターの跡地には、サービス付き高齢者住宅(サ高住)や組合員活動室、子育てひろば、カフェ、地域で活動連携するNPOやワーカーズ・コレクティブの事務所などで構成される福祉複合施設を建設予定です。住宅関連の専門部署があるので、組合員向けサービスとしてリフォームや新築の仲介を行っていますが、最近では、組合員が持っているアパートの建て替えの相談がきたりします。
また、あきるの市に60アールの土地を借り、体験農園「生活クラブ農場」を運営しています。組合員に大人気で、そこで収穫された野菜はデポーにも供給されています。耕作放棄地が活用されるので市も地元の人も喜んでいます。農業は多様な人が関われるので、たとえ東京でも、地域自治を推進するための重要な要素だと考えています。

(注7)子育て広場ぶらんこ(経堂)、保育園ぽむ(保谷・徳丸・砧)を運営するほか、子育て施設への消費材の配達をしている。


組織の拡大と社会への対応をリンクさせる

事業と組織の規模が大きくなってきたため、11都道県で活動する11生協の事業連合組織としての「生活クラブ連合会」が90年に結成され、現在では21都道府県の33生協で構成されています。連合会は、消費材の開発・仕入、管理・検査、物流・システム開発、カタログなど情報紙や広報物の制作を担っています。さらに、生活クラブ総体として、他組織と連帯(注8)してでも取り組むべき運動にも対応します。全国の組合員の購買力や意志を結集することで、社会に対して大きなインパクトを与え、よい方向に変えていけるからです。
地域の単協が組合員によって構成されるのに対し、連合会の「会員」は各地の単協です。一次組織(単協)が二次組織(連合会)に、一部の機能を分権・委任するという位置づけであって、連合会は単協の上部組織ではありません。もちろん、地域間の考え方の違いや温度差をコントロールし醸成する役割もありますので、連合会にとって、広報機能の充実はもっとも重要と言えるでしょう(注9)。生活クラブの一番の特徴は、組合員の主体性が教育によって形成されることなのです。
2015年からは、内橋克人氏(注10)が提唱する「FEC自給圏」の創出を方針に掲げました。これは、域内での「Food+Energy+Care」の取り組みこそがわれわれの使命であるという考え方で、正確には「+Work」です。つまり、個別にではなく、地域でこの4つを一体として、連帯して進めていかないと、日本の将来はないという危機意識からです。
東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、日本はエネルギー問題に向き合わざるを得なくなりましたが、もともと北海道の生活クラブではチェルノブイリ原発事故の直後から脱原発運動が進められ、連合会の中期計画に「脱原発」の言葉を初めて入れたのが2010年、首都圏の生活クラブが協力して秋田県にかほ市に風車を建設したのが2012年です(注11)。この運動は地域とのつながりを生み、新たな消費材開発にもつながりました。また、「『六ヶ所再処理工場』に反対し、放射能汚染を阻止する全国ネットワーク」では、ワカメの生産者としてお付き合いがあった重茂漁協と協力体制をとりました。運動を維持するための事業だからこそ、いったん付き合ったら、一緒に解決していくのが原則です。「提携」と言った以上、つまみ食いにはならないのです。

(注8)協同組合石けん運動連絡会、びん再使用ネットワーク、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンなど。
(注9)連合会の主要機能は以下の5つとされている。①消費材の共同開発・共同仕入 ②広報・情報機能 ③単協・関連会社間の連携・調整 ④対外的な連帯 ⑤共済・保障
(注10)経済評論家。2012国際協同組合年全国実行委員会委員長も務めた。
(注11)生活クラブでは、2016年6月から電気の共同購入がスタートした。

(文責:棟朝)

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