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2017.03.28 UPDATE

社会事業家100人インタビュー 第52回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

 2017年2月22日(水) 18時~20時
於:大分県別府市 ユニバーサルスペース夢喰夢叶

ゲスト:米倉 仁(よねくら ひとし)さん
(特)自立支援センターおおいた会長
(有)ヘルプメイトグループ代表取締役社長

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プロフィール> 

1961年福岡市生まれ。福岡市立博多工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。宮崎県産業開発青年隊に入隊ののち、あさひ産業株式会社へ入社。23歳のときに事故で頚椎損傷し、車椅子生活に。

1991年3月28日、有限会社ヘルプメイトグループを立ち上げ、介護用品の販売、イベント企画などを行う。

2002年1月21日、NPO法人自立支援センターおおいたの理事長に就任し(現会長)、障害者の自立支援、バリアフリー・ユニバーサルデザインのコンサルテーション、別府・大分バリアフリー観光センター、ユニバーサルスペース「夢喰夢叶」(むくむく)と、独自のスパイスを使用した鶏のから揚げ「夢現鶏」(むげんどり)の飲食店運営などを手がける。

2016年5月、自叙伝「車いすの暴れん坊」を出版

 

<今回のインタビューのポイント>(川北)

障碍者の生活の自立を支援する団体は、全国に数多くある。しかし、障碍当事者自らが、生活の自立を進めるために、法制化されたサービスを超えた取り組みに相次いでチャレンジし続ける事例は、いくつもあるわけではない。その稀有な存在のひとつである自立支援センターおおいたの米倉さんのチャレンジの多様さとアグレッシブさから、社会事業家にとって最も大切な「挑み続ける姿勢」を学んでほしい。

 

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自分たちが好きなようにくらすための「自立支援」

私は23歳の時、事故で頚椎損傷し、車椅子生活になりました。寝たきりになり、医者からは「手足が細り、車椅子にも乗れないかもしれない」と診断されましたが、「医者に自分の人生は決めさせない」とリハビリを続けて、車椅子で移動できるようになりました。私のような、手もほとんど動かない重度障害者には、就職できる仕事はありませんでした。そこで、障害者だからできる仕事での起業を模索しました。そして、障害者の自立支援、バリアフリー・ユニバーサルデザインのコンサルタント事業を中心に事業展開していこうと決めました。

仕事をし、好きな時間に起きて寝て、好きな飯を食い、酒を飲む。自分がしたいことをするにはどうしたらいいか、どんなサービスがあれば好きなように生活できるかを考えて、自分が欲しいと思う事業をつくってきました。集まってきた仲間たちにも、自分と同じように人生を楽しんでもらいたい。住み慣れた町で自立した生活を送るためには何が必要か、そんな発想から、2002年に自立支援センターおおいたを立ち上げました。

センターの設立にあたっては、私たちのような、当事者主体の障害者自立支援を行っているセンターの協議会から400万円を借り入れしました。その資金を、設立から介護報酬が入るまでの運営費や人件費にあて、1年で借入金を返済することができました。そしてこの団体からピアカウンセリングや自立生活プログラムなどを学びました。

 

「障害当事者だからできる仕事」で稼ぐ

他の多くの自立支援系の団体では、障害者スタッフは生活保護で生活している人が多く、障害者の社会生活を良くするための「運動」が主体になっています。障害者スタッフの給料がいらない分、「運動」に資源を割くことができます。

しかし、私ははじめから、生活保護で生活することは考えませんでした。障害があってもなくても、いい家に住みたいし、いい車に乗りたかった。他の障害者だって、同じようにそういう欲望をもっているはずです。だったら、みんなで稼いで豊かになればいい。障害者も納税し、健常者と同じような生活をしよう。「運動」もしていきながら、収益活動にも力を入れていく。それが当センターの大きな特徴です。

障害者スタッフの給料が必要ですから、他のセンターよりも収益が必要で、何をして稼いでいくか、そのために自分たちで事業をつくっていくことがとても重要なのです。そして、その事業は、「障害当事者だからできる仕事」であることが、私たちの強みです。

 

自立支援センターおおいたの事業は「障害者自立支援」「別府・大分バリアフリー観光センター」「飲食店経営」の3つの柱で成り立っています。

「障害者自立支援」ではピアカウンセリングと自立生活プログラムを提供しながら、親元や施設で生活している人の自立を支援していますが、この自立支援に対する報酬はなく、ボランティアです。自立した人の希望により、自立支援センターおおいたの介助者派遣の利用者となっていただき、その介護利用料を基に自立支援をする、というサイクルです。中には、自立した後に自立支援センターおおいたで働きたいという方もいて、その場合は面接の上で採用しています。現在、センターは障害者スタッフ10名、健常者スタッフ30名で運営しています。

障害者の自立支援のほか、ユニバーサルデザイン・バリアフリーコンサルタントとして、ホテルや温泉、店舗、アパートやマンションのオーナーに対して、さまざまな提案を行っています。「別府・大分バリアフリー観光センター」もその一環で、バリアフリー旅行のコーディネイトや、バリアフリーの観光情報の発信、行政からの委託を受けて、バリアフリーのまちづくりのための調査やコンサルティングも実施しています。例えば高齢の祖父母を連れて別府の温泉宿に泊まる時、家族が入浴の介助をすると、その家族にとって、その旅行は自分が楽しむためのものではなく、介護旅行になってしまいます。そこで高齢者や障害者の温泉入浴の介助に介助者を派遣して、家族旅行をサポートする、ということも行っています。

 

自分が住めるユニバーサルデザインのマンションを、自分たちで建てる!

自分が車椅子生活になった時、住める家がありませんでした。障害者施設にいましたが、やはりいい家に住みたいし、自立した生活を送りたかった。そこで、「自分たちのアパートをつくろう!」と仲間を募ったんです。1人1000万円のローンを組んで、10人集まれば自分たちでアパートを建てることができる。結局、その計画自体は実現しませんでしたが、その後のユニバーサルアパート、ユニバーサルマンションの建設の構想につながりました。ユニバーサルデザインのマンションを建てて、その中に事務所も入れ、一般の人も住めるような設計にすれば採算がとれる。マンションのオーナーや個人投資家、企業経営者など、いろんな人に提案してまわりました。その結果、構想から10年くらいたって、建設会社を経営している社長が「それは面白い」とのってくれて、駐車場になっていた土地にユニバーサルマンションを建設することになりました。それが今のセンターの事務所があるマンションです。

このマンションが建ってから今年で12年経ちますが、こうしたユニバーサルデザインのマンションやアパートの建設はなかなか広がっていません。それは障害者や高齢者を対象にすることのリスクを恐れる人が多いからです。しかし、これだけ高齢化が進む日本で、高齢者や障害者をターゲットにした事業をつくっていかなければ、これからの不動産業界は生き残れないでしょう。そこにいかに目を付けていくか。ホテルだって同じです。私には今、自分が泊まりたいと思えるホテルがありません。たとえば、一日に迎えるお客は一組限定の、ユニバーサルデザインの温泉宿。ベッドだって普通の介護ベッドではなく、テレビモードや読書モードなどのリクライニング機能があるリモコン付セミダブルで、寝心地のいい高級電動ベッド。そういう発想のホテルが他にないから、つくったら泊まりたい人はたくさんいると思います。もちろん障害者だけでなくね。大きなホテルも全室をユニバーサルデザインにすれば、団体の高齢者や障害者も受け入れることができます。建設資金は若干上がりますが、稼働率が上がることでペイできるでしょう。でも自分たちで建てるには何億円も必要になりますから、ホテル業界と組んでそういうことができないか、これから模索してみたいと思っています。

 

飲食店経営で雇用をつくる

私たちの事業の3つ目の柱に「飲食店経営」があります。なぜ飲食店?とよく聞かれますが、それは自分たちが集まれる場所がなかったからです。障害があると、外出先でお店に入っても、車椅子では利用できずにそのお店を諦めることになったり、お店には入れても車椅子で旋回する事ができずにその場所から動けなくなり、周りに気を使ってばかりで楽しい時間を過ごす事ができない、ということがままあります。ならば障害当事者の意見を取り入れ、障害者の目線で設計し、障害がある人もない人も誰もが利用しやすい施設を自分たちでつくろうと、入り口からトイレ、各設備の細部にいたるまでこだわってつくったのがユニバーサルスペース「夢喰夢叶」(むくむく)です。

商店街の中という立地のいいところで、飲み会はもちろんのこと、カルチャースクールや会議室としてのレンタルや、カラオケや様々な貸切イベントの実施などをしています。ユニバーサルデザインにすることで、超高齢者社会の中、多くのお客さんを呼ぶことができます。高齢者や障害者も一人で行くわけでなく、多くの友人、知人、家族と一緒です。私が同窓会をする時に、クラスメイトが40人一緒だということもあるわけです。

さらに2013年から始めたのが、「夢現鶏」(むげんどり)という唐揚げの販売です。もともとは、私の友人が美味しいタレのレシピをもっていて、それを食べて「これはビジネスになる」と直感したのがきっかけです。マネジメント能力のある障害者であれば、自分自身に何かハンディキャップがあったとしても、健常者を雇用してビジネスをつくることができる。その意味では商品はなんでもよかったのです。唐揚げの仕込みなどの仕事であれば、知的障害がある人などを雇用することもできる。おかげさまで日本唐揚協会が実施する第5回からあげグランプリで「西日本味バラエティ部門・金賞」を受賞しました。

 

若い人をやる気にさせる

私は2015年に理事長職を退き、会長職に就きました。これからの自立支援センターおおいたの事業は、次の世代に作っていってほしいと思っています。自立支援センターとして障害当事者の声を発信し、障害者だからこそできる事業をもっとどんどんつくってほしい。そのためには、このセンターの強みや価値をどのように宣伝していけるか、企業や行政や、地域の人と組んでいけるかがが重要です。

私の場合は、自分自身がもっといい生活をしたい、美味しいものを食べたい、こういうサービスがあったら自分が受けたい、そういう自分の欲望こそが、事業をつくっていく発想の源でした。今の若い人はそういう欲望を前面に出すことが少ない。なので、とことん話して、背中を押してあげることが必要です。自分自身がどういう生活をしたいのか、どんな事業があったらワクワクするか。ハンディキャップがある部分は介助の手を借りれば乗り越えられます。発想や能力さえあれば、障害のあるなしに関わらず、自分で事業をつくっていくことができるはずです。これからの若いスタッフにはぜひ、チャレンジしてほしいです。超高齢化社会の中、バリアフリー、ユニバーサルデザインは必須です。障害当事者が、高齢者社会の道先案内人として、あらゆるバリアをなくしていって欲しいと思います。私も全室ユニバーサルデザインのマンションやホテルのコンサルタントや障害者のユニバーサルデザイン専門学校を作りたいと思います。

自立支援センターおおいたビジネスモデル

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