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【レポート】第63回 社会事業家100人インタビュー:(特)育て上げネット 理事長 工藤啓氏
社会事業家100人インタビュー第63回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ
2019年12月17日(火) 19:00~21:00
於: 一般社団法人ソーシャルビジネス・ネットワーク 事務所 会議室
(特)育て上げネット 理事長 工藤啓さん
プロフィール:
工藤啓(くどう・けい)
1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティー・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。
著書に『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。
<今回のインタビューのポイント>
どんな分野でも、深刻な問題に法制などにもとづく行政の予算が付くようになると、その制度の内側だけで活動しようとする団体が増えてしまう。しかし、当事者の持つ特性や置かれた状況が複層的であることから、制度は「使いにくい」とされることが多く、一方で、既に税収を大幅に超える歳出を繰り返す日本においては、制度は無制限に利用できるものではない。だからこそ、課題に挑む事業家に求められるのは、資源と課題を結び付けて解決を促す力。若者の支援に多様なアプローチで取り組む工藤さんから、結び付ける力を学んでほしい。
若者の就労サポートから小・中・高校生、親への支援
若年無業者は全国に70万人以上いると言われています。育て上げネットは、働きたくても働くことができない若者たちの個々の課題や困難を解決しながら、「働く」と「働き続ける」の両方を実現する就労支援を続けています。
新規相談者数は年間約2,000人。日々たくさんの相談が寄せられますが、“無業”になりやすい若者は、低所得世帯や低学歴など一定の傾向があります。詳しくは『若年無業者白書』にまとめていますが、内閣府の調査(若年無業者に関する調査(中間報告))でも若年無業者が生まれる背景には、彼らをとりまく環境が大きく影響しているとわかってきました。
そこで、就労支援だけでなく、高校生へのキャリア支援や小・中学生向けの学習プログラム、家族や保護者への支援サービスも展開しています。また、若者の問題は個人的問題に帰結しがちであり、既存の枠組みでは解決しにくいという課題があるため、支援現場の実態を可視化・体系化し、セクターを超えて社会の多様なリソースが支援に関わるしくみづくりにも力を入れています。
適切な価格設定と多様な資金調達メニュー
育て上げネットのスタッフは、若者が相談にくるのを待っているだけはありません。事業の枠を超え、まだ出会えていない若者たちといかに接点を持てるのか(アウトリーチ)にも情熱を注いでいます。だからこそ、事業モデルのプロセスを決め、適切な価格設定が不可欠です。その上で収入と支出のバランスをはかります。
収入源は、就労や教育支援のサービスの利用料が基本です。ですが、負担できない若者もいるため、足りない分は様々な形で資金調達を行っています。
たとえば、自主事業の一つ「ジョブトレ」は、就労に向けてステップアップしていく基礎訓練プログラムです。生活リズムの改善から仕事に向かうためのスキル形成まで、個々の悩みや希望に応じながら進めていますが、利用料を負担できるのは50人中20人ほどにとどまっています。支払いが難しい方には、個人や企業の寄付、または行政からの委託(若年者就業支援事業 – マイチャレンジたちかわ – など)を活用して費用負担ない枠組みを作り、交通費を支給する場合もあります。
東京・立川市と府中市では、市の委託を受ける形で、生活保護あるいは生活保護家庭の若者で、就労支援を希望する方を支援しています。市は生活保護費の支給を減らすことをせず、自立に必要な費用として別予算から支出しているのがポイントです。ときに行政に働きかけて“制度拡張”を図る工夫も、より多くの若者を支援するために不可欠です。
また、定時制や通信制、進学希望者が少ない高校など年間100校以上で出張授業や個別相談などを行う教育支援事業では、主に学校や教育委員会が利用料を負担します。ただ、費用負担が難しいケースがありますので、大学などへの進学ガイド導入を高校に働きかけたい広告代理店とも連携しています。学校側から広告代理店に対し、教育支援の要望があった場合に、育て上げネットが出張授業を実施。私たちは広告代理店から費用をいただくのです。
「就職氷河期世代支援」で交通費支給が実現
2019年12月23日、厚生労働省が発表した『就職氷河期世代支援に関する行動計画2019』の中で、求職者の交通費を支給することが決定しました。これは日本初の試みですが、これまで「交通費支給」など実費負担支援の必要性を訴え続けてきただけに、とてもうれしいニュースでした。
交通費の支給がなぜ重要なのか。それは、経済的に苦しい状況下にいる若者にとって、たとえ就労支援プログラムの参加費が無料であっても、交通費を出せずに不参加となってしまうケースが多々あるからです。たとえばジョブトレでは、家庭の経済状況などで費用を支払えない参加者がいたため、2014年から企業の助成を受けて、支援プログラムの無償枠を拡大。交通費を支給したことで参加できた若者は約100名で、就業率は約90%です。
また、教育支援の一環で、高校に出向いた進路相談などを行っていますが、このうち東京都立秋留台高校では、就職と進学に加え、育て上げネットのような自立支援機関への仮登録を「もうひとつの進路」と認めています。高校卒業を支援の切れ目にするのではなく、継続した支援につなげているのです。
最近では、このノウハウを少年院に展開しました。少年院の管轄は矯正局、退院後は保護局となり、ここにも「切れ目」があります。現在4つの少年院で学習支援やパソコン教育を行っており、退院後の就労支援につないでいます。
目の前の若者やその家族が抱える問題を解決するために、このように現場の課題を的確にとらえ、国や公的機関に伝えながら制度やしくみを変えていくことも、私たちの重要な役割の一つです。
組織評価と多様なアイデアの巻き込み
組織運営にあたっては、「収益性」「生産性」「成長力」「健全性」「効率性」「安全性」といった財務分析の評価軸や営利企業の評価の考え方を導入しつつ、NPOの特性を踏まえた評価を実施しています。また、事業相関図を作成し、各事業の連携ポイントや課題点などを可視化しながら、ミッションの達成に努めています。
発展的に事業を続けていくのに不可欠なのが、行政や専門家だけでなく、多様なアクターとの連携です。特に、地元の小さな商店からグローバル企業まで、企業との協働は大きな支えとなっています。
たとえば、ニート化予防を目的とした新生銀行の学校教育向け金銭基礎教育プログラムMoneyConnection®やリクルートホールディングスの就職応援プログラムでは、「若者のために何かしたい」という志を持つ人々が様々なアイデアを出しながらバックアップしています。西友の協力により、低所得世帯の若者が自己負担なくジョブトレを受講したり、西友店舗での職業体験を受けたりといったプログラムも実現しています。
日本マイクロソフトと協働してITスキル講習の機会を提供する「若者UPプロジェクト」は、2010年から2017年度までに延べ5万人の受講生を輩出。2018年からは、厚生労働省の政策「地域若者サポートステーション」に引き継がれ、国の若年政策のなかで運用できるようになりました。この取り組みは、多様なプレーヤーが協働して社会的課題の解決を目指すコレクティブインパクト型のアプローチの好例とも評価されました。
2019年9月からはレナウンとの協働プロジェクト「Wear For The Future」を開始しました。レナウンの月額制ビジネスウェアトータルサポートサービス「着ルダケ」で、2年間利用されたスーツを、廃棄する代わりに育て上げネットを通じて、スーツを持たない若者に提供いただいています。
「若者支援は社会投資」
若者支援の活動を始めたきっかけは、私が育ってきた環境と大きな関係があります。両親は、学校や職場、社会に居場所がない若者たちと寝食をともにしながら支える活動をしていて、幼い頃から複雑な事情を抱える若者が身近にいました。
学生時代に欧州を訪れた際、若者支援の最先端と言われる施設で「社会投資(ソーシャル・インベストメント)」という言葉を聞きました。当時はまだソーシャルの意味がよくわかりませんでしたが、聞けば、自分の時間や能力を社会問題解決のために投資し、その結果、社会がよくなれば自分にも返ってくる、という価値観。私が育ってきた環境と同じだと気づきました。
そして、帰国後の2001年に育て上げネットを設立。若者を取り巻く深刻な社会課題を前に、たくさんの壁にぶち当たりましたが、そのとき力になるのは少しでも多くの若者に機会を提供する、というぶれることのないミッションと、多様なステークホルダーの存在です。これからも内外の多種多様なアイデアを取り入れながら課題を解決していけるよう、今以上に多様性にあふれた職場環境を目指していきたいです。
2020年で法人化から16年目。今の課題は「通所型」にあると思っています。育て上げネットにやってくる若者の中には、様々な事情で家族と一緒に暮らせない人がいて、通所型の支援だけでは限界があります。共同生活型の団体と連携しつつ、自分たちでも取り組みをすべきかどうか検討しています。
そこで、将来は団地を購入して、グループホームの運営をしながらの就労支援ができないかと考えています。また、就職や就業のためのサポートだけでなく、やりたいことをやりながら生きていける若者を増やしたい。たとえば、世界各国で盛り上がりを見せている「eスポーツ」へのチャレンジや起業など、“雇われる”だけではなく、新たな稼ぐ手段を身につけることも就労支援のコンテンツの一つにできれば、と話しているところです。
育て上げネットを卒業した若者たちには、いつか支える側にまわってほしい。そう願いながら“社会投資”を続けています。
(文責:エコネットワークス 新海、渡辺、近藤)
今回の「社会事業家100人インタビュー」ご参加費合計のうち3500円は、(特)育て上げネットへ寄付させていただきました。