お知らせ
社会事業家100人インタビュー第67回レポート
開催概要
〇開催日:2023年6月15日(木) 18:30~20:00
〇開催手法:オンライン
〇ゲスト:(特) ほほえみの郷トイトイ 事務局長 高田新一郎さん
※今回の「社会事業家100人インタビュー」は、小規模多機能自治推進ネットワーク会議主催の連続オンライン勉強会「初夏の陣」との共催で開催しました。
ゲストプロフィール
高田新一郎(たかた しんいちろう):1970年生まれ、山口市阿東出身。1993年から2010年まで行政職員として勤務。退職後、2011年より地域課題解決に取り組む。2012年「地域の絆でつくる笑顔あふれる安心の故郷づくり」をキャッチフレーズに地域の将来構想「地福ほほえみの郷構想」を提案。地域拠点を核にした住民主体の課題解決のしくみづくりをスタート、地域ニーズをもとにした課題解決のための事業構築に取り組み、ビジネスとして確立することで持続可能な地域運営を目指している。
インタビューのポイント(川北秀人)
移動販売は、独居高齢者などの地域でのくらしを支える重要な社会基盤である一方、収益性は高いとは言い難く、その安定的な継続は困難だと言わざるを得ない。ところが、山口市に合併された山間部の地域運営組織であるほほえみの郷トイトイでは、「売りに行くのではなく、話を聞きに会いに行く」移動販売を中核的な事業と位置付け、収支上も安定を保ち続けている。その経緯と工夫から、地域のくらしを支える基盤をどのように経営するかを、学んでほしい。
インタビューの内容
スーパーの撤退を機に、買い物問題が発生
ほほえみの郷トイトイの活動が始まったのは、山口市阿東地区(当時は阿東町)で唯一のスーパーが、2010年に閉店したことがきっかけでした。新たに出店してくれるスーパーを1年以上かけて探しましたが見つからず、地域の人たちでお店をやることになったのです。しかし、話し合いがなかなか進みません。どうしたら良いかと改めて考えて思い至ったのが、地区の人口は今後さらに減少していくということ。今、対症療法的にお店を作っても、人口減少に伴って成り立たなくなることは間違いありません。他にも、病院がなくなったり、バスが走らなくなったり、これから様々な問題が出てくるでしょう。次々と生まれる課題への対応で、地域が疲弊していくことが予想できました。
地域のみなさんは、課題に直面したときの相談先がわからないことで、不安な気持ちになります。ならば自分たちで課題を解決できるしくみを作り、「スーパーはなくなったけど、人のつながりは増えた」といったように、未来にプラスの変化をもたらしていったら良いのではないか。私はそう考えるようになりました。ただ、地域の方にお話しすると「それは行政がやることでしょう?」と言われてしまいました。一方で、阿東町が山口市に吸収合併されて間もなかった当時、従来よりも行政との距離を感じていた住民からは「これからは行政頼りでは難しいのでは?」という声も上がったのです。少しずつ共感をいただいて、取り組みが前に進み始めました。
最初に行ったのは、「どんな地域にしたいのか」というビジョンを作ることでした。2010年8月から9月にかけて行ったアンケート結果を再分析し、地域内各団体へのヒアリングや高齢者への個別ヒアリングなどを経てまとまったビジョンは、「誰もが笑顔で安心して暮らし続けることのできる故郷を作ろう」。お年寄りの中には、本当は阿東でくらし続けたくても、できないという方がいます。その願いを叶えることが、これから年を重ねていく人たちの希望になるのではないかと考えました。このビジョンの下、我々に必要なものを考えると、スーパーの閉店で失われたのは買い物の場だけではありませんでした。人と出会ったり、地域の情報が行き交ったりする場も、失われていたのです。そこでスーパーの跡地に作るのは、ミニスーパーを兼ねた地域拠点としました。拠点に集まるニーズや不安は、ビジネスの種となります。地域住民が主体となってビジネスを始め、失いかけていた誇りと自信を取り戻そう。そうしてトイトイの事業が始まりました。
移動販売でモノを売るのではなく、話を聞きにいく
2012年にオープンした地域拠点で、お客さんと立ち話をしていて気づいたのが、移動販売を必要とする方の多さでした。また地域のお母さんたちは、自ら地域の声を拾ってきてくれました。「手作りのお総菜が欲しい」という声がたくさんあるというのです。そこで、平均年齢65歳を超えるお母さんたちが、地域拠点に総菜工房を立ち上げてくれました。移動販売を通じてお年寄りの孤立をなくし、お総菜で食生活を整えれば、元気なお年寄りが増えるはずです。消費が増えて地域経済の活性化につながるのではないかと考えながら、2013年に移動販売事業を開始しました。
当初は、旧阿東町の地福地域を1台で回っていた移動販売ですが、口コミが広がり、今は旧阿東町全域を2台で回っています。あるおばあちゃんはスタッフに「私はあなたと話す時間を楽しみにして1週間を過ごしているの」と声をかけてくれたそうです。トイトイの移動販売車が喜ばれるのは、安さや品ぞろえではなく、「トイトイがいるから阿東でくらしていける」と思っていただけるからなのだと思います。また、移動販売車は地域の方同士をつなぐ役割にもなっています。お友達の様子を聞く方や、届け物をスタッフに頼む方も。離れてくらすご家族から「認知症が出ているので気を付けてもらえますか?」とご連絡をいただいたり、私たちからご家族や保健師、ケアマネジャーに連絡して連携したりすることもあります。
私たちが最優先にしているのは社会課題の解決ですので、買い物という場面を使って、人と人がつながることが大切です。トイトイの移動販売車が行っているのは、モノを売りに行くことではなく、地域の高齢者の話を聞くために会いに行くことです。それは、コミュニティを持続させるためのマーケティングにもつながっています。変化する地域の状況を移動販売のスタッフが持ち帰ってくれることで、必要な取り組みを必要なタイミングで行えるのです。
人件費倍増の賭けが、黒字化の転機に
ただ、戸別訪問の移動販売を、住居が点在する中山間地域で行うのは非効率で、利益が出やすいビジネスモデルではありません。それでもあるときから、移動販売車に乗るスタッフを1人体制から2人体制に増やしました。人件費が2倍になる賭けです。あえてこの決断をしたのは、スタッフが1名だと、お客さんと十分に会話できないことがあったからです。阿東のみなさんはトイトイをありがたいと思ってくれているのでクレームが入らず、しばらく表面化しなかったのですが、ちらほらそんな声が聞こえてきました。そこで、「本当にやりたいのは利益を出すことではない。みなさんが求めていることを叶えることだ」と考え、2名体制にしました。1人だと、停車して開店の準備をしながら接客し、会計を終えたらすぐに店じまいをして移動する必要があり、双方のやりとりがどうしても慌ただしくなってしまいます。しかし、2人にすれば、人件費は増えますが、1人は店の準備や片付けに、もう1人はお客さんの対応に、それぞれ専念することができます。研修も重ねた結果、お客様満足度は圧倒的に上がり、売上もスタッフが1人だったころに比べて170~180%と、移動販売事業は一気に黒字化しました。
移動販売車のスタッフたちは出発前に、「あのおばあちゃん、これ好きだから入れておこう」「こんな話していたな」と思い浮かべ、声に出しながら、毎日の準備をしています。お客さんを消費者として見るのではなく、地域の仲間として支えることを徹底しているのです。小さな市場かつ非効率ですが、トイトイの移動販売は、信頼関係で成立する共感と思いやりのビジネスモデルです。
2022年からは、キッチンカーによる巡回型のコミュニティ拠点づくりを始めました。コロナ禍でお年寄りの外出が減ってしまったので、楽しみを作りたいと考えたからです。各集落を巡回し、みなさんでごはんを食べながら、いろんなお話をしています。行政の保健師が参加して、一緒に話をすることも。お年寄りが地域で元気にくらし続けてくれれば、地域の経済にもプラスになります。トイトイに野菜を卸しているお年寄りが、「孫が来るから」と移動販売でお菓子を買ってくれているように、地域の中で経済が循環します。大企業に頼るのではなく、地域で循環するしくみを自分たちで作っていくことが大切だと思います。
誰もが幸せになれるストーリーを描く
トイトイの取り組みは、誰もが幸せになれるストーリーを描くことだと考えています。移動販売がまだ要らない人でも、隣のおばあちゃんが楽しそうにくらしている姿を見れば、未来の自分を重ね合わせて不安が希望に変わります。実は、車でスーパーに買い物に行ける60代くらいの方々が、なぜか移動販売でも買ってくれることがあるのです。自分が80〜90代になったときに事業が続いていてほしいからと、応援の気持ちなのだと言います。みんなが幸せになるストーリーを描くと、共感の輪が広がり、応援団が増えます。この循環を実現するためには、地域の声を丁寧に聞き続け、一つ一つ形にしていくしかありません。
今、トイトイの運営は私なしでも回るようになりました。ですので私は、数歩先を見据えた投資的な仕掛けを意識しています。「阿東でならおもしろいビジネスができる」と若者が思ってくれるような仕掛けや、企業・行政と連携した実証実験などです。今後5年ほどは、点在して移動できないお年寄りが増え、移動販売の需要が伸びるでしょう。以降は、移動販売の充実より、お年寄りに動いていただいてもよいかもしれません。地域の中心部に共同住宅を作り、プライバシーを守りながら楽しく暮らせるしくみの構築を考えています。今がベストだとは思っていません。私たちの強みは変化を恐れないこと。失敗してもあきらめずに、どんどん進化し続けていきたいと思います。そして私自身も、80歳になったときに、阿東で幸せにくらし続けたいと思っています。
(文責:近藤)
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