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【レポート】『社会事業家100人インタビュー』特定非営利活動法人JCI Teleworkers’ Network 理事長 猪子和幸氏
『社会事業家100人インタビュー』第24回
ゲスト: (特)JCI Teleworkers’ Network 理事長 猪子和幸様
<ゲストプロフィール>
1938年徳島市生まれ。62年に高等学校(商業科)教員となる。
73年、徳島県情報処理教育センター創立と同時に入所し、以後14年間、生徒実習、教職員研修、教育情報処理システムの開発に携わる。
87年、現場に復帰。高等学校へのコンピュータシステムとインターネット環境の導入・整備と学習活動での有効利用を実践的に研究。この間に高等学校で使用する文部省検定教科書、情報処理検定試験用の参考書・問題集、専門誌へのレポートなどの執筆も行う。
99年高等学校教員を定年退職、障害者・高齢者など「社会生活・職業生活弱者」の自立をICT利活用技術の指導とテレワーク(在宅就業)の創出で支援することを目的として「JCI Teleworkers’ Network」を創設(2002年特定非営利活動法人認証)。以降、「チャレンジド」とともに、新しいワーキングスタイル・ライフスタイルの創出とテレワーカーたちの全国規模のネットワーク構築に努めている。
特定非営利活動法人 ジェイシーアイ・テレワーカーズ・ネットワーク 理事長
特定非営利活動法人 市民未来共社 理事
一般社団法人 ソーシャル・ビジネス・ネットワーク 監事
公益財団法人 e-とくしま推進財団 理事
<今回のインタビューのポイント>(インタビュアー IIHOE川北)
技術の進化は、社会の進化をもたらすか。猪子先生の実践は、その問いに「Yes」と答え続けている。
どんな障碍・ハンディキャップを負う(チャレンジド)人も、支援を受けるだけ、働かされるだけでなく、他の人々と共に働く基盤づくりの担い手にと、しっかり歩を進めていく。そんな就労の場を創り出す姿勢とプロセスを、ぜひ学びとっていただきたい。
テレワークの先取り。チャレンジドから健常者へ
私は1962年から 37年間、高等学校の職業学科で商業専門の教員をしていました。
生徒たちは、卒業と同時に社会に出て、仕事に就く子がほとんどでしたから、「健全な職業観を持って欲しい」という話をいつもしていました。自分ががんばったことが人の役に立ったらうれしい、それでお金がもらえたらもっとうれしい、そんな風に思えたら、その子たちは幸せな職業人生を送れるのではないかと思ったのです。退職の当日まで生徒たちにそんなお説教をして、それをそのまま退職後の仕事に活かしたいと思い、退職の翌日に団体を立ち上げたのです。
私たちの事業は一般には障害者支援だと思われていますが、「障害者支援」ではなく、「チャレンジド」の社会的・経済的自立のための事業です。
中にはもちろん、障害のある人も、難病患者も、高齢者や子育て中の方も、家族の介護を抱えた人もいます。私たちは「心身の障害、難病、高齢などのために社会生活・職業生活の中で弱者の立場を強いられている人たち」をチャレンジドと呼びます。チャレンジドの人たちが胸を張って仕事をするために、働くことを通じて自己実現・社会参画するために、いろいろな事業を考え、生み出し続けています。
私の教員時代の仕事の半分は、コンピューターとインターネットに関わる仕事でした。ICTをツールとして利活用できれば、チャレンジドの人たちは時間と場所という制約から解放される。そこに新しいワーキングスタイルができる。新しいワーキングスタイルは、そのまま新しいライフスタイルにつながります。テレワークという新しい仕事のありようは、障害者やチャレンジドの人たちだけでなく、あらゆる職業生活を送る人に望ましい形だと私は思います。親が家で一生懸命働く姿を子どもが見て育つ。家を支えているのはそうした親のがんばりであり、仕事なのだということを子どもたちが理解するためにも、テレワークは理想的です。
そういう意味では、私たちはテレワークの先取りをして、新しい仕事のありかたをつくり、それを健常者に教えていくのです。そう考えれば、誇り高く仕事をすることができます。
障害者だからこそできる仕事・障害者でなければできない仕事を選ぶ
私たちは、仕事を創ったり展開していく際の理念として、「誇りをもって取り組める仕事をつくる」ということを大事にしています。働くことを通じて自己実現し、社会に貢献するという喜びを実感するためには、「障害者でもできる仕事」ではだめなんです。「障害者だからこそできる仕事」「障害者でなければできない仕事」でなければなりません。
例えば点字付き名刺の作成。文字の部分は、身体に障害があるが目の見える晴眼の障害者がつくり、点字プリンターで打ち出した点字シールは全盲のスタッフの自宅に送って検品してもらい、誤りを指摘して送り返してもらいます。そしてその点字シールを名刺に貼って、1枚1枚カッターで切り取る仕事は、繰り返し仕事が得意な知的障害のあるスタッフがやっています。名刺1枚つくるにも、それぞれの得手を活かしたチームで、彼・彼女たちだからこそできる仕事になっているのです。
また、ウェブのアクセシビリティ・チェックも、大きな事業に育ってきました。わかりやすく言えば、ウェブサイトが多様な障害を持つ人々にとって使いやすいものになっているかどうかを検証することです。ウェブのアクセシビリティは視覚障害者だけを想定してつくられることが多いですが、実際には、身体障害にも、知的障害にも、精神障害にも、様々な障害特性に沿った対応が必要であり、情報を伝えるだけでなく、WEBを通じた双方向のコミュニケーションができなければなりません。そのためには、それぞれの障害特性を理解し、どういう表現なら伝わるか、どういう配置であれば操作がしやすいか、といった細かい確認・配慮が必要になります。私たちの団体には、本当に様々な障害特性をもった人がいますから、ウェブのアクセシビリティを診断・評価するには最も優れた集団だと思っています。2007年に徳島県にウェブのアクセシビリティ・チェック事業を提案したところ採用され、県内24の地方自治体のウェブアクセシビリティについて診断・評価し、改善提案を行いました。その実績が買われて総務省の20万ページに及ぶホームページのアクセシビリティ・チェックをするという大きな事業の一端を受託することもできました。こうしたご縁がもとで、(株)インフォ・クリエイツのパートナーとして、NICT((独)情報通信研究機構)助成金事業「障害者雇用確保のための、在宅就労とウェブアクセシビリティの普及」にも参画して企業との連携を深めています。障害者をテレワーカーとして雇用することによる経営合理化のメリットを積極的に企業に伝えてきた実績として、2013年9月以降、IT関連企業3社に13名が雇用されています。
こうしたウェブアクセシビリティ・チェックの仕事は今後、多くの障害者団体にとって大事な仕事になっていくでしょう。幸い、私たちはこれまでの事業の中で多くの技術者を養成できてきましたから、これからは技術者を養成する仕事を全国展開していく予定です。2012年には、愛媛・香川の有志とともに「四国チャレンジド就業支援ネットワーク」を立ち上げ、情報共有、新規技術の協働研修、人材育成プログラム・指導教材の共同開発、さらには共同受注の実現による機会損失の回避などで連携を進めています。また、2013年から「えひめICTチャレンジド事業組合」と提携して、「ウェブ・アクセシビリティ診断技術者」に特化した人材育成プログラムを展開、当団体からスタッフを出向しての講習会を複数回実施しています。
逆転・反転の発想で障害を個性に
このように、それぞれの得手を活かした「誇りを持って取り組める仕事」をしていこう、と決めていますから、私たちは、袋詰めのような単純作業の仕事を請け負うことはありません。「障害者だからこそできる仕事」にこだわって選んでいるから、当初は仕事がない、ということもありました。その時は、勉強の時間です。勉強の時間を与えてもらったと考えて、それぞれの技術を磨けばいい。
チャレンジドであるということで、気持ちがネガティブになってしまう人もいますが、私たちは仕事を通して勉強させてもらっている身です。その仕事でお金までもらって、本当にありがたい。そういうポジティブな考え方でいこう、ということをいつもみんなに言っています。「障害があるから職場に行けない」のではなくて、「職場に行かなくてもいい」と考えてみる。お客さんがあなたのところに仕事をもってきてくれるようになる、そのためにその人自身の技術を磨き、人柄を伝えて、信頼関係をつくる。「どんなことでも、JCIに頼めば熱く受け止め、自分のこととして真剣に取り組み、必ず期待を大きく上回る成果を返してくれる」という厚い信認(JCIブランド)」を、一人ひとりの真摯な努力により醸成することと、「退路を断って、前にのみ道を拓く覚悟」を共有することが、私たちの「原動力」と心得ています。
2010年に、総務省の「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」に採択され、民間企業の協力を得て「JCI在宅就労支援センター」という、テレワーカーのためのICT基盤を整備しました。また2012年から徳島県の「新しい公共の場づくりのためのモデル創出事業」として、本センターを利活用したテレワークによる地域雇用の創出をめざして、徳島県と協働で人材育成を推進しています。
チャレンジドが自宅にいながら職業訓練を受けられるe-ラーニングシステムも導入しました。これで、精神障害者で集合教育が苦手な人や、移動が困難な重度障害者たちにも、在宅でIT技能を習得してもらうことができるようになりました。在宅業務管理システムの導入による業務の受発注・納品管理や、自宅のPCの機能が低くてもサーバー内で作業が行えるクラウドコンピューター「シンクライアントシステム」の導入など、テレワークをサポートするしくみは着実に進化しています。
さらに、愛媛県新居浜市の(株)白石設計(就労継続支援A型事業所を併設)と提携して、CAD学習教材開発と人材育成を推進し、製図業務をテレワークとして展開していくことも計画しています。ICTを活用した在宅就労の機会は今後ますます広がっていきます。
現在、私たちの拠点に通うことができるのは、会員全体の10~15%で、それ以外は完全に在宅就業です。県外にも多くの会員がいます。われわれの団体は90%が多様な障害をもった人たちで成り立っていますから、これからはチャレンジドが主体となって経営する、複合的な経営体になっていかなければなりません。一つの属性に偏ったり、専業していたのでは事業体は続きません。チャレンジドとして様々な困難があるからこそ、それぞれが工夫をし、強くなれる。ものの見方が変わる。逆風を追い風に変えるためには、「回れ右」をすればいいのです。
私の仕事は、お子様ランチのチキンライスに刺してある小さな日の丸の小旗を、控えめに振るだけです。旗の動きを敏感に察知し、的確に増幅し、速やかに行動に移し、嬉しい成果を上げてくれるのは、頼もしいJCIの会員達です。
毎年の総会で、創設の原点・行動理念を確認しています。
JCIの会員たちには、逆転・反転の発想で意識改革しながら、障害を個性として社会に貢献してほしい。きっとそれができると、これからも信じて突き進んでいきます。