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【レポート】第58回 社会事業家100人インタビュー:ジオガシ旅行団 代表 鈴木美智子氏
社会事業家100人インタビュー第58回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ
2018年12月10日(月)19:00~21:00
於:ETIC. ソーシャルベンチャー・ハビタット
ジオガシ旅行団 代表 鈴木美智子さん
プロフィール:
1971年静岡県生まれ。多摩美術大学卒業後、東京の広告代理店でデザイナーとして活躍。2007年、ふるさと伊豆半島に関する仕事がしたいと、南伊豆町に移住。2012年、伊豆の美しい風景を切り取ってお菓子化し、現地へ誘う体験型お土産ツール「ジオ菓子」を制作。ジオ菓子を携えてその場所を楽しむツアーを行う「ジオガシ旅行団」を設立、現在、代表を務める。大地を面白おかしく学びハラオチするプログラム「ジオガシキッチン教室」やジオ菓子商品開発の全国展開も行っている。
<今回のインタビューのポイント>(川北)
世界遺産(文化・自然)は「守る」ための認定制度であるのに対し、世界重要農業遺産システム(世界農業遺産)やジオパークは「活かす」ための認定制度。だからこそ、展示や解説だけでなく、楽しめる、続く・広がる関係づくりを可能にする工夫が大切になる。ところがジオパークは、地学という万年単位の時間と、物質と熱という化学との組み合わせゆえに、関心を持つ人も、紹介や発信の担い手も、男性(それも高齢!)に偏ってしまっている。そんななか、自分が好きな地域の自然を、一緒に楽しんでもらう人を増やすために、鈴木さんが生み出したのが「ジオ菓子」。お菓子づくりの素人とは思えないクオリティの高さ、そして、前職での経験が活かされたコピーやデザインのすばらしさ。次の段階へと進むための課題も含めて、ぜひ学んでいただきたい。
「ジオ菓子」は、興味と行動を誘発する
私は、隣の家まで1kmもあるような自然豊かな地区で生まれ育ち、その環境が子どものころから大好きでした。ジオガシ旅行団結成のきっかけは、伊豆半島のダイナミックで美しい風景には、成り立ち(注1)による深い理由があると知って衝撃を受けたこと。それぞれの地形がどのようにできたのかがわかると、たくさんの人たちに伝えたくなったんです。ただ、地層や地質について熱く説明しすぎると、聴いている側はだんだん遠い目になるんですね(笑)。そこで、どうやったら面白く、インパクト強く伝えられるか考えた結果、風景(地質や地形)に精巧に似せたお菓子がいいのでは、と始まりました。
私はお菓子づくりが専門ではないですし、地質学を専門的に勉強した訳でもありません。ジオ菓子は、あくまで伊豆半島の景色のすばらしさを伝えるためのツール。地質・地形とその地にまつわる文化・歴史について日本語と英語を併記したパッケージに入れ、地図もつけています。まず興味をひき手に取ってもらい、現地にいざなう流れをつくりたいからです。
(注1)
約2000万年前、伊豆は本州から数百km南、現在の硫黄島付近の緯度にあった。この頃の伊豆は深い海の底で活動する火山の集合体。フィリピン海プレート上の海底火山や火山島はプレートとともに北に移動し、100万年ほど前に本州に衝突。現在のような半島の形になったのは約60万年前。(伊豆半島ジオパーク ウェブサイトより引用、一部抜粋)
妥協のないつくりこみで発信力を高める
12年前は(インタビュー会場の近くの)渋谷マークシティに入っていた(株)サイバーエージェントでアートディレクター/広告プランナーとして働いていました。そのころから、「東京は情報があふれている中、自分ごととしてもらうためにはモノよりも体験が重要だ」という感覚がありました。モノから得られる満足は一瞬ですが、体験すればずっと自分の中に残ります。また、その感動を人に伝えたいと思うものなのです。
ジオ菓子はモノですが、それぞれにストーリーをのせて届けることで、発信力を高めています。また、おいしいことは大前提ですので、原料は厳選し、できるだけ地場産品を使用します。「爪木崎俵磯(つめきざきたわらいそ) 柱状節理」【クッキー】には下田産のひじきを使用し、収縮した角形の様子を表現しています。「下白岩(しもしらいわ) 有孔虫化石」【ヌガー】は、静岡県立伊豆総合高等学校自然科学部とのコラボレーションによって開発しました。見た目と触感が異なり、食べるとまた驚きが生まれます。「茅野(かやの) 鉢窪山スコリア」(注2)【チョコレート】は開発に苦労しましたが、そのかいあって、とても再現度が高いものになりました(誤食に注意!)。竹炭と伊豆産の玄米を使用した「カワゴ平火山(かわごだいらかざん) 黒曜石」【飴】も、地質学の専門家の方がルーペで見て「本物と見分けがつかない…」と感心されていました。
これらのジオ菓子は、オンラインショップで通年販売していますが、関連の学会やイベントに出展すると、会場でいただいた生の声を商品の改善に活かせるだけでなく、新たな接点が生まれることもあります。2016年8月には、東京大学の宮本研究室ご協力のもと、「火星スコリア」【焼きチョコ】を開発し、サマーミュージアムでお披露目しました。
(注2)
スコリア(scoria)とは、火山噴出物の一種で、塊状で多孔質のもののうち暗色のもの。主に玄武岩質のマグマが噴火の際に地下深部から上昇し、減圧することによってマグマに溶解していた水などの揮発成分が発泡したため多孔質となる。(ウィキペディアより引用、一部抜粋)
現地で比べて食べるツアーから、自分でつくる体験まで
旅行団結成の年から、ジオパーク研究員の解説付きカヤックツアーを実施しました。道が険しくてたどり着けない場所も、海からだとすぐそばまで近づけるんです。ただ、カヤック初心者には漕ぐだけで精一杯ですし、カメラを持っていけないというジレンマもあり、その後漁船でのツアーに変更しました。歩いていくツアーでは、ジオ菓子のモデルとなった場所を訪れて、実際の地形と並べてみてどれほど似ているかに驚きつつ食べてもらいます。民宿で、地元でとれる魚介類を使った料理を図解付きで提供してもらうこともあります。
「ジオパーク」(注3)が意味するところは、実は伝わりにくく、人によって考え方もいろいろです。このため、私はツアー中の説明では、ジオパークという言葉をいっさい使いません。ツアーが終了したときにはじめて「今日みなさんが訪れた場所や体験、得た知識全体がジオパークですよ」と伝えるようにしています。
伊豆半島に限らず、ジオ菓子は地域の資源を見直して活用する入り口になり得ます。大人向けの講演やワークショップのご依頼を受けて全国へ出張する他、主に小学生を対象に、まず座学で大地の成り立ちを学んでから、身近な景色をお菓子でつくる=可視(かし)化する「ジオガシキッチン教室」というプログラムを実施しています。
ジオ菓子の開発に際しては、どんな材料を選べば、似たかたちや色になるか考え、方程式を解くように試作を重ねますが、砂糖や油の化学反応や熱変質などという工程は、大地の成り立ちの過程と重なる部分があります。子どもたちにはオーブンをタイムマシーンに見立てて説明したりもします。
地元の景色を守るのは地元の人たちにしかできませんので、ジオ菓子づくりを通じて、改めて地域の風景の美しさや貴重さを見直すきっかけにしてほしいと願っています。
(注3)
ジオパーク(geopark)とは、地球科学的な価値を持つ遺産を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進める地域認定プログラム。地球・大地を意味するジオ(Geo)と公園を意味するパーク(Park)とを組み合わせた言葉。地域が「ジオパーク」と名乗るには、ジオパークネットワークに加盟するための審査および認定を受ける必要がある。「(ウィキペディアより引用、一部抜粋)
品質維持と事業継続のバランス
実は、ジオ菓子と同じような取り組みは全国各地にあるのですが、イベント期間限定だったり、補助金が切れたら終了など、次に行ったらもうなくなっていてがっかり…ということをよく経験します。私には、ジオ菓子が将来もずっと流通してほしいという思いがあり、ジオガシ旅行団を一過性のプロジェクトとしてではなく、事業として続けていくと当初から決めていました。また、選ぶ楽しさが重要だと考え、最初からシリーズでの展開を考えていました。現在19種類あり、その中の9種類が入った標本箱のような見た目のコンプリートボックスもたいへん人気です。
SNSの浸透もあり、最新情報を発信し続けていると、マスコミから取材申し込みをいただきます。これまで、「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)、「ヒルナンデス!」(日本テレビ)、「あさイチ」(NHK)、「マツコの知らない世界」(TBS)などの情報番組で紹介され、反響を呼びました。
香港にあるセレクトショップのストアルームズが、ジオ菓子を年に何回か仕入れてくれています。また、海外の方からのツアー希望もいただきます。ジオ菓子と風景を並べて撮った写真はいわゆるインスタ映えしますし、一目瞭然ですので、興味を引きやすいのかもしれません。
「ジオ菓子2.0」を始動!
立ち上げ当初の常勤スタッフは2名で、現在は私1名。工房を借りてジオ菓子を製作・ラッピングし、ツアーガイドや講師も務めている状況のため、事業を拡げたくてもキャパシティに限界があります。売り上げが1,000万円を超えたら株式会社にしようと考えていますがまだまだ届かず、ジオ菓子をビジネスとして継続する難しさを痛感しています。今後は、現在の商品を継続しつつ、ジオ菓子メソッドを踏襲した新商品を製造販売し、収益モデルの見直しを図ります。ジオ菓子製作に継続的な協力が可能な方、意義に賛同するツアーガイドの方、収益構造を改善する方策を一緒に考えてくれるブレーンの方を募集し、一緒に進めていければと考えています。
来年からは、講演など単発のかかわりではなく、ジオガシ旅行団の持つノウハウを他地域へ移転するプロジェクトを始めます。どんな地域にも展開しやすいようなプログラムに整え、継続的に取り組んでいただけるようデザインします。
(文責:棟朝)
今回の「社会事業家100人インタビュー」ご参加費合計のうち2,000円は、【フェリシモ わんにゃん基金】へ寄付させていただきました。