【レポート】第52回 社会事業家100人インタビュー:(社福)こころみる会理事長、(有)ココ・ファーム・ワイナリー専務取締役 池上知恵子氏

社会事業家100人インタビュー 第52回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

2017年3月30日(木)於:ココ・ファーム・ワイナリー

(社福)こころみる会理事長
(有)ココ・ファーム・ワイナリー専務取締役 池上知恵子さん

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同 理事会事務局長、同 C.O.O. 牛窪利恵子さん

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社会福祉法人こころみる会の理事長であり、有限会社ココ・ファーム・ワイナリーの専務取締役でワイン醸造技術管理士の資格も持つ池上さんは、知的障害者支援施設「こころみ学園」創設者川田昇さんの長女です。
今回は、長らく同会の運営に携わる牛窪さんにワイナリーをご案内・ご説明いただいた後、園内のカフェでワインを試飲しながら、池上さんにお話を伺いました。

 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
障碍者の就労支援は、仕事や産業として、製品やサービスとして、地域との連携として、どこまで進化できるのか。その答えは、同会の現場を拝見して体感するに如かず。敷地内に設けられた墓地には、園生と川田先生が並んで葬られている。その「こころみ」の歴史の一端をご紹介したい。
 
子どもたちの潜在能力を農作業で開花させる
川田昇は、戦後に満州から帰国し、足利市の中学校で教員となり、特殊学級(現在の支援学級)を担当しました。当時、障害をもった子どもたちは、外に出ることもなく、「かわいそう」ということであてにされることもなく、過保護に育てられがちでした。そのため体力がなく、わがままで我慢がきかない状態でした。そこで彼らには、1年中やることがたくさんある農作業が向いているのではと、農地を探しました。平らな土地は高価だったため、郊外の急斜面地を購入。南西向きで夏の西陽がよくあたるため、よい畑になると考えたのです。
しかし機械や重機が入れられるような土地ではなく、子どもたちと一緒に、手作業で木を切るところから始めなければなりませんでした。最初はすぐに疲れてしまい、飽きると切った枝でチャンバラをしていた子どもたちが、半年から1年経つと劇的な変化を見せるようになります。足利市は、夏は猛烈に暑く、冬は冷たい風が吹きすさぶ厳しい気候。平均斜度38度の斜面を毎日上り下りするには、五感を総動員させる必要があり、自然に体力と精神力がついて、空腹・暑さ・寒さ・眠さの「4つの我慢」もできるようになっていったのです。
木を切った後はあっという間に草が繁茂し、野菜を育てても、草に隠れてしまって見えません。そこで「(1年に一度甘い果物がなる)木のほうがいい」ということになりました。子どもたちの毎日の仕事がとぎれないような手間がかかる作物を、とブドウの栽培を開始しました。樹木でしたら草と見分けることができますから。
また、並行して始めたシイタケ栽培では、菌を打ち込んだ原木を、収穫までいろいろな場所に何度も移して発生を促します。木もれ陽のあたる山林の急斜面へ重い原木を持って歩くことで、体力と注意力がつくようにしました。
自らの資金による開墾と施設建設を経て、69年には知的障害者支援施設「こころみ学園」として、園生30名、職員9名の体制でスタートします(注1)。
(注1)同年11月に知的障害者更生施設として認可。
 
福祉ワインではなく、美味しいワインをつくる
ブドウは、戦後甘いものがない一時期には飛ぶように売れたものの、高度成長期に入ると、買いたたかれるようになってしまいました。そこで、ワインをつくれば保存もできるし付加価値も高まると考えた訳です。しかし(社会福祉の増進のために行政から資金を受けて事業を行い、収益への課税も優遇されている)社会福祉法人からは酒税を取れないため、「こころみ学園」では果実酒製造免許を申請できませんでした。そこで、園生の保護者の有志が出資して、80年に有限会社ココ・ファーム・ワイナリーを設立しました。現在、保護者会の会長が有限会社の社長を務めています。
84年に有限会社に醸造認可が下り、ワインづくりを開始しました。川田は当初から「“福祉ワイン”をつくっていたらつぶれるから、うまいものをつくろう」と言っていましたが、当時日本では、本格的なワインはまだ普及しておらず、美味しいワインの製法もあいまいでした。そこで、カリフォルニアから醸造技術者ブルース・ガットラヴ氏を招へいし、指導を仰いだのです。彼は「ワインの味は9割がたブドウで決まる」と断言します。除草剤や化学肥料を使わず、空き缶をたたいてカラスを追い払い、ブドウの世話や収穫を手作業で行うこころみ学園の取り組みに感銘を受け、今も学園の評議員やココ・ファーム・ワイナリーの取締役として働いてくれています。
ココ・ファーム・ワイナリーでは、北関東の気候風土に合った品種を選び(適地適品種)、自然な農業をこころがけてきました。100%日本のブドウを原料とした自家醸造です。天然野生酵母による醗酵なので、不安定で手間はかかりますが、香り高く上質なワインになります。味わいが長く、複雑でバランスがとれているワインは、良質のブドウと微生物によって生み出されるもので、人は手助けしているだけです。
ココ・ファームのワインを取り巻くデザインのコンセプトは、「Simple, Symmetry and Chic(シンプル、シンメトリー、シック)」。ラベルにもなるべく色を多用せず、カフェやショップの壁や天井はワインの色を見るため、白で統一しています。
 
世界から認められるワインに
ブドウを絞った後の皮と種にはポリフェノールが豊富に含まれるので牛の餌にいいと、近隣の飼料会社が無料で引き取ってくれます。実際にその飼料を食べた牛の肉質はたいへん上等です。また、その牛糞でつくられた堆肥をブドウ畑に施します。そのような取り組みが、いつのまにか「循環型農業」や「6次産業」として注目されるようになりました。
また、10年ほど前から、ワイン専門誌だけでなく女性誌や旅行誌などが取材にきてくださるようになりました。ワインショップでワインを購入され、おかげさまでその評判がまた口コミやSNSで広がるようになりました。
2003年にはカフェをオープンし、ワイナリー見学やテイスティング(試飲)などのプログラムをつくりました。オンラインショップもあり、ワイナリーに来られない方にもワインを楽しんでいただけます。
84年から毎年11月の第3土・日曜日に開催している「収穫祭」には、今や地元の人だけでなく全国から2万人近くの人が来てくださるようになりました。園生も、お客さんが来るとうれしくて作業にいっそう張り合いが出るようです。
2000年の九州・沖縄サミットの首里城での晩餐会で出すワインとして、ソムリエの田崎真也さんが、ココ・ファームのスパークリングワインを採用(注2)してくださいました。08年の北海道洞爺湖サミットの総理夫人主催夕食会(注3)、16年のG7広島外相会合の夕食会(注4)でも使っていただき、13年以降、日本航空国際線ファーストクラスのラウンジや機内で供されるワインとしても何回か採用(注5)されています。
(注2)スパークリングワイン「NOVO」 (注3)赤ワイン「風のルージュ」 (注4)スパークリングワイン「北ののぼ」
(注5)白ワイン「足利呱呱和飲」「月を待つ」「こことあるシリーズぴのぐり」「MV風のエチュード」、赤ワイン「2014風のルージュ」
 
会社から学園に業務委託し、全員で仕事を担う
有限会社で雇用すると、雇われた人の個人の口座に直接お金が入って、雇われた人の世話(食事や洗濯の手伝い)をしている人には配分されません。このためココ・ファーム・ワイナリーは、仕込みやビン詰などの作業をこころみ学園に業務委託する形態をとっています。
ブドウ栽培だけでなく、醸造の過程でのさまざまな作業は、単調で根気がいることばかりです。たとえば、ワインのビン詰作業は、寒いところで瓶を運び続ける重労働です。それを担当することになると、園生たちは驚くような能力を発揮し、作業に向き合ってくれます。その他、仕込み作業、ワインを入れる箱の組み立て、ラベル貼り、リボン切り、シール貼り、パンフレット折りなどの周辺作業もあり、それぞれの園生に向いている仕事に携われるようにしています。
また、外部の業者にはなるべく頼まずに(注6)、毎日3食の食事づくりと施設内の掃除、山のような洗濯も園生たち自身とスタッフで担っており、全体で大きな家族のように暮らしています。生活と仕事が一体のため、集団で生活が整えられることは大きな利点です。
入所希望が多く待機していただいている状態ですが、この施設が誰にとってもベストということではありません。現在園生は150名ほどで、半数以上はすでに高齢者となり、集まりの時は車いす十数台が並ぶような状況です。身体を使いながら規則正しい生活を継続することを心がけていますが、高齢化はこころみ学園でも大きなテーマです。園でお葬式も行い、川田とともに園内のお墓に眠る園生もいます。
(注6)園生の朝の作業開始が早いため、夕食のお皿洗いなどは近所の住民の方たちにパートとして入ってもらっている。
ココファームワイナリー図
 
地域の暮らしに溶け込み、助け合う関係を築く
施設と地域との共生ということでは、60年間の蓄積がありますので、頼むのが当たり前、やるのが当たり前という自然な関係になっています。地元の方々は、雨の中、園生たちが田島川岸で草刈りをする姿を見て、「後光がさすようだ」といってありがたがってくれます(実は、雨降りのほうが草刈りは楽なのです)。また、山林管理上、下草刈りは重要ですが、なかなか地域に人手がいないので、こういった作業に慣れている職員と園生が請け負っています。
地元の人は、園生を外で見かけると、気にかけて助けてくれ、自分のことのように心配してくれます。こころみ学園が農林業を主体とした生活共同体なので、地域の暮らしに溶け込みやすく、地域との関係も安定するのだと思います。
市の社会福祉協議会から、秋に開催する「ふれあいのつどい」に協力要請があるときなど、私は「こんな忙しいときに!」とつい思ってしまうのですが、園生たちは楽しんで参加してきます。主催者を喜ばせるために「つきあい」として参加するという高齢の園生もいます。「世間との付き合い」を感覚的に理解しているといってもいいかもしれません。
園でのボランティアの希望もいただきますが、危ない仕事や暑さ寒さに慣れていないと難しい作業が多いので、受け入れに際しては、園生に対してよりも気を遣うことになります。美味しいワインを飲んで、楽しんでくれる方がうれしいです。
今後の展開について、特別なプランはありません。今の社会は「もっと努力しないといけない」という強迫観念が強すぎるように感じており、「自立」という言葉も、あえて使わないようにしています。毎日仲よく暮らすことや、ささやかな誇りを持って仕事ができることを大切に思っています。そのためには、組織が安定して継続していけるよう注力する必要があります。それはワインづくりと共通点が多いと感じます。
ブドウが雹(ひょう)によるひどい被害を受けたとき、私は目の前が真っ暗になって、何も手につかなくなりました。でも園生たちは「また明日」と言って、たくさん食べてぐっすり眠っていました。それを見て、はっとしました。自然相手のことに「なんで雹が降ってしまったんだ」と嘆いてもしかたがありません。「みんなができるそのつどのこと」を愚直に続けていくことの真っ当さに改めて気づかされたのです。
図43図42
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A:山頂から見たブドウ畑
B:山のワイン貯蔵熟成庫の入り口
C:樽がひしめく貯蔵熟成庫内部
D:ソムリエよりワインの説明
E:ワインと一緒に供された一皿
*A~Eの写真は、(特)Co.to.hanaの西川亮さんからご提供いただきました。
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(文責:棟朝)

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