社会事業家100人インタビュー第57回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ
2018年9月20日(木)19:00~21:00
於:ETIC. ソーシャルベンチャー・ハビタット
認定特定非営利活動法人夢職人 理事長 岩切準さん
プロフィール:
1982年東京生まれ。東洋大学大学院社会学研究科社会心理学専攻修了。2004年から東京都江東区を中心に、地域社会で子どもや若者の成長を支援する社会教育事業に取り組む。07年度NEC社会起業塾を経て08年に特定非営利活動法人化(18年9月に認定取得)。2018年現在、年間のべ6,000人以上の首都圏の子どもや若者に学びの場と機会を提供している。14年から子どもの貧困・教育格差の解決をめざし、学校外教育バウチャーを提供する(公社)チャンス・フォー・チルドレンの理事を務める。15年4月に大学入試改革に向けて、民間の検定試験の「質」と「信頼性」を判定する全国検定振興機構の理事に就任。
<今回のインタビューのポイント>(川北)
夢職人の事業品質の高さは、参加者の安全の保障を精神論ではなく、しくみ化により実現・継続していること、他団体を巻き込んで多様なプログラムを年間通して提供できていることから生まれている。子どもを対象とした活動を展開する団体には、自分たちのやりがいのためではなく、子どものニーズに徹底してフォーカスすることの必要性とその進め方について、特に参考にしてほしい。
下町ならではの地域教育を事業にする
自然体験・野外活動を提供する団体としてはめずらしく、東京(江東区)を拠点としていますが、ここで生まれ育って得た経験が、夢職人の事業にも影響しています。
自営業者が多い下町であり、地域全体で子どもを育てる空気がごく自然にありました。近所のおじさん・おばさんに遊びに連れて行ってもらったり、子ども会でお祭りに参加したり。高校生のときはジュニアリーダー(注1)として、地域の子どもたちと一緒に遊びました。そしていつしか、「みこしを担ぐ」「餅をつく」「火を扱う」ことが得意になり、この3つは人に負ける気がしません。
このような経験を通して、学校と家庭以外での教育の重要性に気づきました。ただ、区の社会教育関係の事業が縮小されたり、地域のキーマンが亡くなったりという、自分ではいかんともしがたい要因によって地域が崩れていくことも目の当たりにし、地域教育を事業にしようと決意しました。
(注1)子ども会などの活動や遊びのリーダー的な役割を担う。教育委員会と子ども会連合組織が事務局を務め、初級~上級の研修会への参加によって養成される。
家庭・学校・地域のトライアングルで子ども・若者の成長を支えていくことが理想ですが、家庭教育は保護者、学校教育は教師の責任のもとに行われるのに対し、地域教育は誰の責任で行われるのかはっきりしていません。一方で、地域には多様な人がいるので、それぞれの人が持つ技能や知識などの教育資源をしっかり活かせば、できることの可能性が広がります。そこで、まず実際の教育現場をつくることから始めました。
事業を始めるといっても、保護者にとっては大事な子どもを預ける訳で、「この人は本当に信用できるのか?」と、疑いをもつのは当然です。ただ、私は地縁団体との結びつきが強く、地元の人たちに知られていたのが幸いしました。校長先生が面白がってくれて、総合学習の時間に出張授業したこともあります。そのうちPTAとつながりができて、だんだん信用を得られるようになっていきました。ただ、それはあくまで私自身への信頼であり、他のボランティアスタッフへもということではありません。その頃は、「岩切さんに子どもを預けているのに」と言われるのがつらかったです。
そこで、団体として信用を得るために、ボランティアの採用・研修システムを整え、品質管理を徹底するようにしました。説明会でも私からは話さず、ボランティアに前に立ってもらいました。その結果、現場で子どもを受け入れる枠も広がり、子どもが子どもを呼んできてくれるようになります。10年以上活動を続けているとOB・OGの層も厚くなり、担い手のスタッフとして戻ってきてくれています。「夢職人のプログラムに参加すると、こんな高校生・大学生に育ちますよ!」というモデルを保護者に見せられることも強みです。
調査に基づいて、プログラムを開発・改善する
04年からスタートした会員制の「キッズクラブ」(小学1年生〜中学3年生が対象)では、年間を通じて日帰りプログラムを月1回程度、宿泊プログラムを連休や長期休みに実施しています。土日祝日に仕事があって子どもと休みが合わせにくい状況の方、乳幼児(兄弟・姉妹)の育児や介護、病気・障害などで学齢期の子どもに応じた外出が難しい方など、さまざまなニーズがあります。近年は、海外からの参加もあります。リピーターによる母国での口コミが広がっており、その問い合わせ対応のために、ウェブサイト内に英語のページもつくりました。
自然体験・野外活動だけでなく、スポーツ・レクリエーション、文化・芸術活動など幅広い体験ができることも人気の理由でしょう。異年齢で構成される集団活動なので、意見がぶつかり合ったりもしますが、それを乗り越えることで子どもたちは成長します。これまでのべ7,000人が参加し、支える若者ものべ4,500人にのぼります。体力的な問題で3学年ずつに分けるのですが、この学年層には何に挑戦してもらうべきか考え、カリキュラム化しています。
大学院で社会心理学を専攻し、社会調査や心理統計を学んだことによって、データを正しく収集し分析する重要性に気づきました。プログラムの開発・改善は、調査に基づいて行います。子ども向け・保護者向けそれぞれへのアンケートはもちろん、普段の会話からもニーズをくみ上げます。思い付き・思い込みでやるのが一番ダメです。
専門家や他団体と一緒に、問題に取り組む流れをつくる
「プレーパーク」(注2)の運営には、09年から関わっています。都立木場公園で毎月第2土曜日に開催していて、1日に300人~500人が訪れます。夢職人では場と一部のコンテンツだけ用意して、地元の製材所から出た端材を使ったり、近隣在住のアーティストを招いたりと、さまざまな形で地域の方々にご協力いただいています。
プレーパークでは、未就学児を連れた保護者から中高生まで、だれでも無料で遊べるので、貧困、不登校、発達障害など、子どもやその家族が抱える問題に触れる機会もあり、活動や体制改善へのヒントを得ています。
また、適切なタイミングで専門機関につなぐ役割も重要です。区の家庭教育支援センターのスタッフにプレーパークに来てもらって、さりげなく接点をつくるなど、問題の芽をどう摘んでいくかにも気を配ります。
教育の問題は、(幼稚園・小学校・中学校と)常に年齢ごとに横に切られているために、解決がさらに難しくなっています。子どもを縦でつないで見ることができる社会教育の現場では、問題の構造や解決への道のりが見えやすくなります。
(注2)本インタビュー第47回 (特)プレーパークせたがや理事 天野秀昭さんの回を参照。
子どもを取り巻く社会課題は、刻々と変化します。団体内部の学びにするだけでなく、外部へ発信するとともに、それぞれの専門家と一緒に考えていきたいとの思いから、13年より、ウェブマガジン「ひみつ基地」を月1回発行しています。子どもと若者の支援に携わっている外部の専門家26名が記者として登録しています。購読は無料ですが、全バックナンバーの閲覧や読者と記者の限定コミュニティへの参加などの特典がある有料会員枠も設けています。2018年現在で、月間で10万人ほどの方に来訪していただけるサイトになりました。
現場での取り組みを進めていくと、他団体と一緒に、しくみそのものをつくったり変えたりすることも必要だと感じるようになりました。そこで、全国の団体・企業と連携して実施する「ネイチャーキッズ」を17年にスタートしました(注3)。地方で野外・自然体験プログラムを提供する団体が首都圏の子どもたちになかなかリーチできない状況を打破するために、夢職人が総合事務局として集客や申込み受付業務を担当し、第二種旅行業法の資格を持つ関西教育旅行株式会社が各ツアーを主催することで、団体の運営上の負担を減らしたのです。全国各地の独自性・専門性が高いプログラムを、首都圏の子どもたちに年間通して提供できるようになりました。当初対象は個人を想定していましたが、法人や学童保育など団体による問い合わせも増えています。
「ネイチャーキッズ」に参画する団体のプログラム品質を保証するため、夢職人で事前審査を行っています。また、団体創設者の高齢化によって団体運営そのものが立ち行かなくなるケースも多く、研修をかねて運営スタッフをお互いの団体に送り込むといった、人的支援のコーディネートもかかせません。
(注3)(特)夢職人が(特)教育支援協会から同名の事業を譲渡され、新しい事業体制を構築した。
ボランティア選考時点でリスクを減らす
夢職人は職員3人、ボランティア133人という構成(18年9月現在)で、理事もボランティアです。そもそもボランティア組織として立ち上がったので、「ボランティアが職員を雇っている」という構造でもあります。団体内ではキャリアパスを定めています(図参照)。年齢に関係なく、経験を積めば自身の希望によって進んでいくことができるので、大学生の理事がいたこともあります。
【図】夢職人のキャリアパス
(子どもたちの活動を支える)サポートスタッフ
↓
(子どもたちの活動をつくりだす)プロジェクトスタッフ
↓
(ボランティア組織をマネジメントする)コミュニティマネージャー
↓
(法人管理・業務遂行に責任を持つ)インターン・職員
↓
(組織全体を統括する)理事
ボランティア応募の傾向として、教育関係への就職志望者が3分の1、社会や自分になんとなく疑問を感じている人が3分の1、あとは、地方から首都圏に進学・就職して、新たに何かに取り組もうと考える人が多いようです。いずれにしても、自分の能力を伸ばしたいという向上心を持った人がほとんどです。
ボランティアになるためには「説明会+体験」への参加が必須で、選考はボランティアが行います。自分と一緒に働く仲間を選ぶ訳なので真剣です。ただし、人によらずシステマティックに選考できるよう、選考基準を設けています。
幼児性愛者がボランティアに応募する可能性もあるでしょう。被害を未然に防ぐために説明会で禁止事項をはっきり伝えるようにしています。たとえば、活動中、記録係以外の撮影は禁止されており、携帯やスマートフォンを出すこともダメです。やむを得ず電話する際はスタッフが横につきそいます。トイレやお風呂はもちろんですが、子どもと1対1になる状況を絶対につくりません。これは被害を防ぐ目的の他、活動後、子どもが親に話したことについて、親から夢職人に相談があった場合、1対1だと確認できないので、第三者が必要だからという意味もあります。体験参加の際も、スタッフとしてふさわしい言動かどうかチェックします。このようにフォローとリスクヘッジを何重にも設け、しくみとして保証しているのです。
お互いを認め、高め合うしくみをつくる
ボランティアになった後も年4回の集合研修の他、各プログラムへの事前・事後に研修があります。研修は形式的なものではなく、悩みごとをちゃんと解決し、必要なスキルを習得する実践的な内容です。ボランティアのための活動ではないので、「子どものためにどういうスタッフであってほしいか」をいつも伝え、考えてもらうようにしています。
たとえば、夢職人では結果に到達するまでのプロセスを大事にしているのですが、学校教員や塾の先生のボランティアには、「間」が苦手で、子どもに「教えすぎてしまう」人がいます。ボランティアに望ましくない言動があれば、子どものいない場ですぐ指導が入ります。トレーナー同士もボランティアへの伝え方を学習し合います。夢職人では子ども40人に対して20~25人の大人が引率するので、こういったチェックがきめ細かに行えるのです。
ボランティアには、こちらから一方的に業務を押し付けるのではなく、自主性を重んじて、自ら選択してもらうようにしています。また、年1回のビジョン・シェアリング・デーではボランティアの表彰を行っています。保護者からの感想も随時イントラネットでシェアしますし、活動ごとに「MVPカード」を渡します。「あなたのことをちゃんと見ているし、みんな認めていますよ」と、かたちにして示すことが大事です。組織や事業の品質は、しくみを整えるだけでは不十分で、人と人の関係性で決まってくる部分が大きいからです。
活動の中で、ボランティア同士でも自然に縦のつながりができていきます。高校生や大学生が自身のキャリアを考える際、わざわざ探さなくても多様なロールモデルが周りにいるので、単に職業や会社名へのあこがれではなく「ああいう人になりたい」と思う人を見つけられます。ボランティアで得た多様な経験やスキルがアピールポイントになりますし、先輩への相談も気軽にできる環境なので、ほぼ希望通りの就職が実現しているようです。
ポジショニングを常に意識し、地域教育をデザインする
市民活動として地域教育のモデルをつくりたいという思いは最初からぶれませんでした。そのためのポジショニングは常に考えています。資源が少ない中で、どこに力を入れれば効くかの見極めが重要です。団体の資源には限りがあるので、数打つほどの体力もありません。表に出ない裏で調べて考えている時間が実は長いです。
年間活動費は、赤字になったのは東日本大震災の年だけで、創業以来順調に右肩上がりで、18年は4,000万円前後になる見込みです。内訳は、事業収入85%、寄付2%、助成金8%、会費5%で、事業収入はほぼ参加費によるものです。事業収入以外の2割は投資と考え、必ず次の活動につなげるように意識しています。社会教育はタダで当たり前とされがちですが、子どもたちのためには、外部環境に左右されず、事業として安定して継続することが必要です。無料の活動で良さを知ってもらい、有料のプログラムへご参加いただくこともあり、保護者や子ども同士の口コミで広がるので、広報費は少額で済んでいると思います。ただし、キャッシュフローは大変で、実施前に入金いただきますが、台風等でキャンセルの場合は全額返金するシステムのため、事業数が一定量ないと成り立たない構造ではあります。
もともと体験学習は、体ができてくる小学校中・高学年がメインターゲットでした。近年は受験や習いごとで時間が取れず、低学年がボリュームゾーンになっていますが、今後テコ入れすべき一つは、未就学児と保護者だと考えています。親世代自身も体験学習の経験がないので、プレーパークに来てもどうしていいかわからず、手持ち無沙汰な保護者もいるからです。
また、不登校や居場所がない中学生・高校生たちともっと接点をつくる必要性を感じています。学校や家庭以外の場所として、なるべく早い段階で夢職人とつながって、生きる力をつかむきっかけを得てほしい。夢職人の事業には、誰もが存在意義を見出し活躍できる、多様な機会と場があります。
(文責:棟朝)
今回の「社会事業家100人インタビュー」ご参加費合計のうち3,000円は、(特)夢職人へ寄付させていただきました。