4/10 社会事業家100人インタビュー第57回@東京(ゲスト:秋田県南NPOセンター 菅原賢一さん)参加者募集

社会事業家100人インタビュー 第57回
秋田県南NPOセンター 菅原賢一さん
2018年4月10日(火)18:30~20:30
@日本財団2F会議室(虎ノ門/溜池山王)

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先輩社会事業家からビジネスモデルを学ぶための本企画。
SBN理事・IIHOE代表の川北秀人がインタープリターとなり、
直接、先輩事業家に学び、質問することができる対話型講座です。
今回のゲストは、(特)秋田県南NPOセンター 菅原賢一さんです。
高齢化や人口減少が加速度的に進み続ける秋田県。
もはや行政だけ、個人・家庭だけでは難しい豪雪地の雪おろしや雪よせ。
その難題に、「地域の共助力を高める」ことで、地域の課題を
地域住民自らが解決し、自分たちにとってくらしやすいまちを創造する
ことをミッションに掲げて挑む秋田県南NPOセンター
横手市を始め同県内18箇所で住民による共助組織の立ち上げや
運営をサポートし、共助組織による雪よせ・雪下ろしサービス、
通院・買い物送迎サービス等が相次いで実現した。

当初は「一体何をしにきたんだ?」という住民の反応を、説明会や
ワークショップ、他地域での取り組み視察などを重ねることで
「地域のことは地域の力で」という姿勢へと変化させた菅原さん。
「横手モデル」として確立されたその活動を、どう促し、人材や
組織を育てているのか。課題先進地における住民自治の在り方として
高い評価を受ける基盤づくりのこれまでとこれからを、詳しく伺います。
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● 開催概要
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日時:2018年4月10日(火)
18:30~20:30
会場:日本財団2F会議室

(東京都港区赤坂1丁目2番2号)

【アクセス】
東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」3番出口より徒歩5分、
南北線・銀座線「溜池山王駅」9番出口より徒歩5分、
丸ノ内線・千代田線「国会議事堂前駅」3番出口より徒歩5分。
*下記サイトをご参照ください。
http://www.nippon-foundation.or.jp/about/access/
定員:20名
対象:社会事業家として事業を始めている方、これから始めようとされている方、
ビジネスモデルの作り方を先輩社会事業家から学びたい方
参加費:SBN会員:1,500円、SBN非会員:2,500円
*SBN=(一社)ソーシャルビジネス・ネットワーク
*参加費のうち500円は、ゲストが指定する寄付先にそのまま寄付させていただきます。
主催:(一社)ソーシャルビジネス・ネットワーク(SBN)、
IIHOE [人と組織と地球のための国際研究所]
共催:日本財団CANPANプロジェクト
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● ゲストプロフィール
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菅原賢一さん
秋田県南NPOセンター 理事
技術士(総合技術監理部門)
技術士(建設部門)
1947年 秋田県横手市生。
国土交通省に37年間勤務し退職後秋田県南NPOセンター設立に関与。
2004年~2009年 秋田県南NPOセンター理事
2010年~2014年 秋田県南NPOセンター理事長
2014~現在    秋田県南NPOセンター理事
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● プログラム
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◇ ゲストのご紹介、趣旨説明
◇ ゲストご自身からビジネスモデルの紹介
◇ インタビュー
<インタビュアー>
ソーシャルビジネス・ネットワーク理事、IIHOE代表者 川北秀人
◇ 参加者からの質疑応答
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● お申込みについて
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下記URLのフォーマットに記入の上、4月9日(月)までにお送りください。
定員になり次第、締切らせていただきますので、お早目にお申込みください。
http://goo.gl/skWyL
※開けない場合は、メールにて、お名前、ご所属、ご連絡先(eメール、電話番号)
を書いてお送りください。
送付先 hoshino.iihoe(a)gmail.com *(a)を@に直してお送りください。
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【お問い合わせ先】
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IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所] 担当:星野
hoshino.iihoe(a)gmail.com *(a)を@に直してお送りください。
※本事業はSBN理事を務めるIIHOE川北と、SBNとの協働事業のため、
申込対応業務をIIHOEにて担当しています。
◇本プロジェクトのfacebookページ
http://www.facebook.com/100JapaneseSocialEntrepreneurs
◇これまでのインタビュー記事はこちらから!
https://socialbusiness-net.com/newcontents01
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未来経営シンポジウム2018~社会ニーズの市場化に向けて~参加者募集中

 
2月21日、弊団体が共催し、未来経営シンポジウム2018を開催することとなりました。
各分野のオピニオンリーダーが集結し、「情報」・「伝統」・「経営」をキーワードに真のサステナブルについて語るものです。
■日時:2018/2/21(水)13:30~17:45(13:00開場)
​■場所:東京大学大学院 情報学環 福武ホール・ラーニングシアター
■登壇者(一部):東京大学大学院情報学環 学環長佐倉 統 氏
リーダーシップアカデミー TACL代表 ピーター D.ピーダーセン 氏、他
詳細、お申し込みは以下をご参照ください。
https://www.future-management.biz/
皆様のご参加をお待ちしております。
 
 

【レポート】特別企画  社会事業家100人インタビュー:特定非営利活動法人 循環生活研究所 理事長 たいら由以子氏

社会事業家100人インタビュー 特別企画
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

 インタビュー実施日:2017年11月6日(月)
於:(特)循環生活研究所 事務所

ゲスト:(特)循環生活研究所 理事長 たいら由以子様

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 写真:循環生活研究所のみなさま
(福岡市東区香椎照葉地区のコミュニティガーデンにて)
(左から2番目が理事長のたいら由以子様、3番目がお母様で会長の波多野信子様)
 
プロフィール> 
福岡生まれ。大学では栄養学を専攻、証券会社で5年勤務。その後結婚・出産を経て現活動を開始。
1997年:東区循環生活研究所の活動を開始。
2004年:循環生活研究所として特定非営利活動法人格取得、コンポスト出張講座回数が年間300回を超える。
05年:内閣府事業としてダンボールコンポスト人材養成・支援事業を開始。
07年:生活環境に関わる3つのNPO(土・水・紙)でベッタ会発足・運営開始。
08年:小さな循環ファーム事業開始。里山団体とともにリーダー養成支援の特定非営利活動法人JCVN運営開始。
10年:国連ハビタットとネパールへノウハウ移転事業、これを契機にアジア拠点が増える。半農都会人講座開始。
11年:アジア3R推進市民ネットワークコンポスト担当としてアジアNGOと連携開始。
17年:生ごみ資源化100研究会立ち上げ。ローカルフードサイクリング立ち上げ。
 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
リサイクルや自然・健康に配慮した製品の利用など、環境配慮型のライフスタイルに関連する取り組みは、1970年代以降、全国各地で多様に始まった。中には、これまで当インタビューでご紹介したように、大規模化し、くらしの基盤となったものもあるが、ほとんどは継続さえ危ぶまれる状況に追い込まれている。その違いを生む最大の理由は、活動を「広げられるか」ではなく、地域や社会、くらしや感覚の変化に応じて、自分たちの活動をどれだけ「進化できるか」否かにある。
自身のご家族のために始まった取り組みが、地域に多様に、しかも、深まりながら、広がった経過を、変化に応える進化のポイントとともに、学んでいただきたい。
 
父の食養生をきっかけに、「半径2キロでまわる、循環生活」を目指す
原点は父の病気でした。今から22年前、父は入院していた病院で医師から余命3カ月を言い渡されました。当時栄養士だった私は、病院でなく家で食養生をしたほうがいいと父に提案し、母とともに自宅で父の看病をすることにしたのです。しかし、食養生はまず調達の段階からつまずきました。父に無農薬の野菜を食べさせたい。でも当時は、一日探し回っても、すごく高いか古いものしか手に入らなかった。それから父が亡くなるまでの2年間は、野菜の調達に四苦八苦。駆けずり回って安全な食べ物を探し、調理することに一日の大半を費やしていました。たいへんな日々でしたが、余命3カ月と言われていた父の命は食養生で2年延びたのです。食べ物で人の存在そのものが変わる。でも安全な食べ物を使う暮らしをしようとするとお金がかかる。もっと身近に、自分の住む地域内で暮らしに必要なものが循環するような暮らしができないものか。そのためには何が必要なのか。水から考えて、最終的には「土」が必要だ、ということにいきつきました。
母は昔から庭で花を育てるのが好きで、自分で生ごみや雑草から堆肥をつくっていました。母はとことん突き詰めて研究するのが好きな性格で、何を入れるとどんな堆肥になるのか、独自に研究をしていました。もっといい堆肥づくりについて教えてもらおうと参加した福岡市の堆肥づくりの講座で、逆に母が講師を依頼されたのが今から約20年前、1998年のことです。それから母と私の2人で、もっといい堆肥づくりをしようと、感覚的な経験を数量的なデータで蓄積して研究を重ね、試行錯誤を繰り返していきました。そうやって、家庭で出る生ごみを堆肥にして土に戻すためのしくみ、コンポストの原型になる基材*を開発していきました。
* 基材:土や菌床など、堆肥化するために必要な材料
同時に、この堆肥づくりを特に若い人たちに広げていくにはどうしたらいいかを考えるようになりました。そんな時に出会ったのが「やかまし村青年団」のみなさん。福岡市立東市民センターの自主企画講座「私が描く未来の東区in青年セミナー」に集まったメンバーが中心になってつくられたグループで、東区の三苫が好きで、自然を楽しみながらまちづくりができないか、区内の自然を楽しむイベントや、地域の歴史を知るための勉強会等を開催している青年団でした。この人たちとなら何か面白いことができそうだと思って活動に参加して、一緒に畑もつくり、「三苫の旬を喰らふ会」というサークル活動も始めました。そうやってたくさん会って話す中で、私たちが住みたい街の将来像も一緒に描いていきました。そこから出たキーワードが、「半径2キロでまわる、循環生活」だったんです。
父の看病をしていた時期、私は子育てをしながらの食糧調達、三度の食事作りで、自分の住んでいるところから半径2キロの圏内に閉じ込められていました。半径2キロって、狭いようで広いし、広いようで狭い。あそこに新しいお店ができたな、とか、あそこの木は子どもにぶつかってあぶないな、とか、毎日通る中で色んな情報を集めていて、全てが自分事として感じられる。そういう暮らしの範囲の中で、近所の人と一緒に耕せる畑があったり、それぞれの庭でとれた野菜が並ぶ無人市があったり、地域でとれた作物を使った食堂があったりと、生活のなかから始まって、生活の中に活かしていく「循環」をつくっていきたい。そういう想いで、1997年に「東区循環生活研究所」(2004年に循環生活研究所として特定非営利活動法人格を取得)が立ち上がったのです。
 
ダンボールコンポストでマンション住まいにも堆肥づくりを広める
当時から、生ごみを使った堆肥づくりをしている人たちは全国にたくさんいました。でもその多くは、「ああいう作り方はだめだ」という主張のぶつかり合い。そんなすすめ方では拡がらないと思いました。私たちがしたいのは、あくまでも「Have Fun!」「楽しく暮らそうぜ!」っていうこと。そのためには堆肥づくりと家庭の暮らしがつながっていないといけない。一部の意識の高い人だけ、庭でガーデニングする人だけがするのではなくて、マンションのベランダでもできるような土づくり。そのためにはどうしたらいいのかを考えて、行き着いたのが今の主力製品である「ダンボールコンポスト」です。ダンボール箱の通気性のよさが堆肥づくりにとても適しているのです。それまでの堆肥づくりの研究と掛け合わせながら、福岡の風土に適した作り方を研究し、2000年から本格的にダンボールコンポストを広げる活動を開始。2002年にはダンボールと基材、冊子「堆肥づくりのススメ」などをまとめた、「これさえあれば誰でも堆肥づくりを始められる」というスターターセットの販売を開始しました。そしてこれが徐々に広がり、ダンボールという手軽さや、生ごみを減らしたい自治体の施策とも合致して、各地で堆肥づくりの講座を開催するようになりました。メディアにも取り上げてもらうようになって、数年後にはダンボールコンポストが爆発的な人気になりました。
 
全力でライバルを育てる
一方で、私たちのダンボールコンポストを真似した類似商品も出回るようになりました。私たちのコンポストの中身は、研究を重ねて匂いがほとんど出ない構成になっているにも関わらず、類似の商品では構成を変えているから、匂いが発生して、「臭いダンボールコンポスト」が世の中に出回ってしまったんです。その経験から、「広げるためには人を育てるしかない」ということに気づきました。そこで2005年からは「全力でライバルを育てる」ことを掲げて、人材養成のための事業を始めることにしました。それからの数年間は内閣府や経産省の支援をもらいながら、人材育成・支援活動のしくみを苦労しながら整えていきました。今では、ダンボールコンポストの使い方講座を開催する「アドバイザー」が全国に約200人います。そしてそのアドバイザーを育てるための「トレーナー」が12人。このアドバイザー、トレーナーを集めた集合研修を年に1回開催して、堆肥づくりのための最新情報や、「広げる」ための活動のあり方などについて共有しています。アドバイザーは全国に散らばっていて、それぞれの土地に適した堆肥づくりのために、「地産型の基材開発」にも力を入れています。その地域の気温や湿度に合った内容物を考えることはもちろん、その地域で普及するための阻害要因を洗い出し、評価項目を決めて一つ一つ点数化。各地のアドバイザーとともに、それぞれの地域でもっとも普及しやすい基材を開発しています。時間はかかりますが、そうやって一つ一つ、一緒につくっていく、一緒に広げていくことで、地道に人を育てています。
 
点から面へ:地域全体で広げる「小さな循環、いい暮らし」
各家庭でのコンポストによる堆肥づくりを通じて地域の循環システムをつくっていこう、とずっと活動していきたわけですが、20年たった今でも、日本の全世帯数からみれば、自分でコンポストを持ち堆肥をつくっている人はほんの一握り。この活動を始めた当初、ダンボールコンポストが広がればみんな生ごみを堆肥化する、と思っていた私は、「生ごみを普通にゴミとして捨てている人がまだこんなにいる!」という事実に驚愕しました。その大多数の「生ごみを普通にゴミとして捨てている人たち」を変えるためには、今までのアプローチでは届かない。点ではなく面で攻めていこう、という活動の一環としてまず取り組んだのが「ベッタ会」です。
Betta(ベッタ)とは、「地べた」と「地道」をキーワードに、環境にやさしい暮らしをみんなですすめるしくみづくりのこと。「ベッタ会」は、雨水を貯めて有効活用しよう、という活動をしている(特)南畑ダム貯水する会と、新聞という身近な紙を通じて紙をもっと大切にしよう、という活動をしている(特)新聞環境システム研究所、そして生ごみの堆肥化を進めている循環生活研究所の3組織が中心になって構成するネットワーク。手の届く範囲で、モノを捨てない、大切にする、循環を実感する暮らしを通じて、もっとBetterな暮らしを目指そう、ということを呼びかける活動です。水、紙、生ごみ。それぞれの団体としての活動だけじゃなく、「暮らしの中での循環」、「小さな循環、いい暮らし」という価値観を全体として広げていくこと、そしてたくさんの人を巻き込んで行動を変えていくためのしくみづくりです。「私たちは、手の届く範囲で、モノを捨てない大切にするBetta(ベッタ)活動をみんなで楽しく続けることを宣言します」というベッタ宣言に賛同してもらい、それぞれの参加者が自分のベッタ宣言をすることや、3つのテーマで一緒になってイベント出店したり講座を開催したりして、ベッタ活動を広げています。
 
「小さな循環ファーム」で循環を見せる・体験する
同時に、地域の畑を通じた活動を増やしていったのもこの頃です。もともと今の事務所があった場所は、組織立ち上げの時期に近所の人たちと一緒に菜園活動をしていたところ。各家庭の生ごみからできた堆肥を持ち寄って土をつくり、その土で自分たちで野菜を育て、それをみんなで食べる。私自身がその楽しさを知っているから、これをいろんなところでやって、見せていけばいいのだ、と。そこで 地域の中に畑をつくって、そこで生ごみや落ち葉を集めて堆肥をつくり、地域の人たちと一緒に野菜をつくる「小さな循環ファーム」の活動を2009年から開始しました。
「堆肥にするので生ごみや落ち葉を持ってきてください。持ってきてくれたら有機野菜と交換します」という呼びかけをしてみると、「これがほんとに堆肥になるの?そして野菜になるの??」と半信半疑で来てくれた人が、落ち葉や生ごみが堆肥になっていく過程を見て、畑づくりに参加することでぐんぐん変わっていきます。子どもたちの変化はなおさらで、堆肥ができるプロセスや微生物との関係性、土や野菜との関係性を実際に触れて実感することで、表情も、行動も、目に見えて変わっていく。そこから日々の暮らしの中の小さな循環に気づいていき、子どもに教えられて親の行動も変わっていきます。
この堆肥づくりが持つ教育の力をもっと活かそうと、幼稚園や学校と一緒に小さな循環ファームをつくる取り組みも徐々に増えてきました。2010年には福岡市の子どもみらい局と、いわゆる「非行少年」と呼ばれる、補導経験のある子どもたちと一緒に畑をつくるプログラムに取り組み、畑を通じて子どもたちが変わっていく様子を目の当たりにしました。さらに、地元の東区にある不登校生徒の自立を支援する立花高等学校との出会いから、高校の授業の一環として、高校の敷地内を開墾し生徒自身の手で一から畑を耕す、という取り組みを始めました。その活動は今も続いていて、嬉しいことにその活動の1期生が今、当所のスタッフになってくれています。
 
コンポストを地域全体で共有する「コミュニティコンポスト」へ
今はこの小さな循環ファームの活動を一歩進めて、「コミュニティコンポスト」の取り組みを福岡のニュータウンである香椎照葉地区で試験的に始めています。地域の中の共有の畑「コミュニティガーデン」を拠点にして、家庭のコンポストをベロタクシーで定期的に回収、コンポストを住民で共有するしくみです。マンションのベランダで自分でコンポストを管理して生ごみを堆肥化している人はまだまだ少数派。庭や畑などがない都会であればなおさらです。でも、マンションばかりの都会であっても、定期的に「回収する」システムをつくることで、地域全体でコンポストを広げよう、とこの活動を始めました。各家庭で作成途中の堆肥や、使いきれない堆肥を持ち寄ることで、堆肥の管理を一元化でき、そこでできた良質な堆肥は地元の農家にも提供しています。コンポストの回収に協力してくれる家庭には、5回に1回、コミュニティガーデンでとれた野菜をお渡ししているほか、その堆肥で育てられた地元農家の野菜は地域のベーカリーやレストランでも味わえます。家庭の生ごみや、地域の落ち葉が堆肥になって地元の畑で活用され、そこで採れた野菜を地域で食べる、「Local Food Cycling」のしくみ。生ごみを野菜にする新しい暮らし方の提案でもあります。コミュニティガーデンには地域の幼稚園や小学校と一緒に育てる畑や、ピザ釜、自由に使える調理場やイベントスペースなども整備して、住民が自由に作物を採り、昆虫や小動物に触れて遊べる場にしたいと思っています。将来的にはそこで鶏やヤギなどの家畜を飼う、ことも実現したいと思っています。
さらに、この「小さな循環ファーム」、「コミュニティコンポスト」の活動は、教育だけでなく地域の高齢者福祉にもつながっていきます。今や65歳以上の高齢化率が26.2%(2017年4月1日時点)の福岡県。中でも昔の「ニュータウン」である美和台地区の高齢者独居率は高く、日々のゴミ出しも大変、という話を聞きます。ならば、生ごみは堆肥化してゴミを減らそう!地域で共有の畑をつくって、小さなグリーンジョブをたくさんつくり、そこで地域の高齢者を雇用しよう!という計画を立てています。生ごみの回収で地域を回りながら生活の援助もする。コミュニティガーデンで野菜をつくって地元で売り、地域で循環する経済をつくる。畑を通じて高齢者の互助組合的なしくみができないか、これから挑戦していきたいと思っています。
生ごみの堆肥化を普及するための活動を地道に進めてきた当所ですが、堆肥づくりを通じた教育、コミュニティガーデンを通じた地域づくりと、その活動の幹は徐々に太くなってきました。週末だけ農家になる「半農都会人」を増やすこと、コミュニティコンポストをもっと効率的に低予算でつくれるようにして全国に広げること、菜園でのコミュニティビジネスをつくること、などなどやりたいことはまだたくさんあります。
生ごみのコンポストを起点にしながら、「資源の輪はつながっている」ことを実感して、住民自身による半径2キロ単位での持続可能な地域社会をつくっていくこと。今ようやく、思い描いていた、「自分の住む地域内で暮らしに必要なものが循環するような暮らし」が少しずつ回り始めたところです。
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【レポート】第54回 社会事業家100人インタビュー:郡上里山株式会社 興膳健太氏

社会事業家100人インタビュー 第54回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

2017年12月6日(水)18:00~20:00 於:名古屋

ゲスト:郡上里山株式会社 興膳健太さん

興膳さん 

 
プロフィール> 
1982年福岡県生まれ。福岡大学から岐阜大学地域科学部に編入し、まちづくり活動について勉強するなかで郡上市を知る。
そのとき知り合った移住者の先輩たちの姿に憧れて、2007年に郡上へ移住。(特)メタセコイアの森の仲間たちに職員として入所し、のちに代表理事として、自然体験を通したまちづくり活動に取り組む。自身もひとりの猟師として地域で活動するなかから、里山が抱える獣害の問題と向き合い、猟師の仕事を多くの人に知ってもらいたいと始めた「猪鹿庁」の活動が全国的な注目を集める。
2016年には、組織の分社化による事業の加速を目的に「郡上里山株式会社」を新たに設立。地域の今後を見据えて、里山保全に関わる人材育成を手がけている。

 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
地域や社会が変われば、その課題の解決や理想の実現に挑む事業にも、進化が求められる。自然体験の機会が不足し、プログラムやその担い手の質の向上が求められる時代から、指定管理者制度の導入により、官設施設の運営を担う団体が増え、やがて、自然の豊かな地域ほど、高齢化や人口の減少が進むという事態へと進む中で、自然体験の担い手にも、地域が直面する重大な課題である獣害対策に取り組む進化が求められる。その重要性にいち早く気付き、試行錯誤を積み重ねながら、着実に進化し続けている興膳さんの経過と展望から、社会事業家に求められる進化の在り方について学んでほしい。
 
「持続可能な地域社会を自分のまちでつくる」それを郡上でやりたい
僕の人生のテーマは、「持続可能な地域社会を自分のまちでつくる」ことです。それを郡上でやりたいと思って、郡上に飛び込んで今年で11年になります。
最初の2年間は(特)メタセコイアの森の仲間たちという自然体験活動を実施しているNPOの職員として勤務し、キャンプ場の運営や、子ども対象の自然体験プログラム企画・運営などをしていました。しかし、ちょうどその頃、団体の代表が突然退任してしまって・・・。3年目には僕が代表理事をすることになったのです。
団体の理念をつくりなおすワークショップなどにも積極的に参加していたこともあり、「これは好機だ!団体の理念を自分のテーマと重ねよう!『ずっと暮らし続けられる郡上をつくる』ということを団体の理念にしちゃおう」と考えました。そこで、「自然体験を通じて郡上を好きになってくれる人を増やす」という活動方針をつくり、そのために何ができるだろうかと考え始めました。
自然体験の分野にはたくさん先輩方がいらっしゃって、お話を聞きに行ったりもしましたが、正直に言うと、自然体験のインストラクターとしては尊敬していても、その先輩たちのキャリアの未来像、例えば大学の先生になるといったことには、魅力を感じられませんでした。
僕は、自然体験そのものを深めるのではなくて、もっと地域に根差した暮らしをしたいし、郡上のまちを面白くしていきたい。そのためには、自然体験キャンプを実施するだけじゃなくて、まちが面白くなるしくみをつくっちゃったほうがいいんじゃないか、と思ったんです。そこで、キャンプ以外のプログラムとして何ができるかを考えました。
とはいえ、当時の事業収入のほとんどはキャンプ場経営によるもので、冬は仕事がありませんでした。スキー場でアルバイトしながら、「これじゃいかん!冬の仕事をつくろう!」と思いました。
その時に閃いたのが、「猟師をやりたい!」ということでした。
最初は、純粋に自分が暮らしの延長で面白そうだから、冬の仕事として猟師をしたらいいんじゃないかと、すごく安直な発想でやろうと思ったんです。農家の人が猪の被害に困っていたし、猪の肉はうまいらしい!と。それを食べたら地域の自給率も上がるし万々歳。時は民主党政権で、緊急雇用創出事業のプロポーザルとして、「半農半猟師」なる企画を立てました。猟師をしながら、農業もする。地域にふれあい農園をつくって、地域住民との交流も促します、というよくばりプランでしたが、採択されて、3年間の人件費と事業費をいただけることになりました。
でも、結果から言うと、これは全然うまくいきませんでした。当時、自分のほかに2人雇っていましたが、実質的には0.5人分の収益しか出せなかった。ふれあい農園としてやっていた田んぼも、中途半端では無理だと、あきらめることにしました。その後、当時雇用していたうちの1人は農業の世界に進んで、今でも農業を生業としてがんばっています。もう1人はNPOの代表として残ってくれて、自然体験やキャンプをやりながら、一緒に郡上のまちづくりをやっています。
その後は、なんとか猟師として食べていけるようになりたいと思い、「猟師の六次産業化」を考えました。農業の六次産業化の事例を知っていたので、猟師でもできるのではないかと。しかし、考えるのと、やってみるのとでは大違いでした。まず、そんなに簡単に野生動物は捕れないし、捕れた動物を捌くのが、また大変です。そもそも捌く技術を持った人が少ないし、設備も必要ですから、捌くコストはばかになりません。今でこそジビエとしてブームになりつつありますが、当時はまだまだ認知度も低く、肉質として下に見られてしまっていました。「安かったら買うよ」と平気で言われ、全然適正価格で買ってもらえない。まったく採算がとれなくて、もう心が折れそうになりました。一番お金がなかったのがこの頃です。
それでもなんとか商品をつくっていきたくて、自分が福岡出身でラーメン好き、という理由だけで「猪骨ラーメン」の事業企画を書いて、東海若手起業塾で提案して、ボコボコにされる、なんてこともありました。
そこでわかったのは、当たり前ですが、僕らはラーメンを売りたいわけじゃない、ってことでした。猟師の六次産業化の夢を一旦は置いておいて、まずは地域で、猟師として何ができるのかを考えるようになりました。
 
獣害を獣益に!農家のおじちゃんたちを獣害対策の担い手にする
僕らの事業のミッションとしてやりたいのは、「獣害を獣益にしたい!」ということ。今は地域の人にとっては困りごとである野生動物(獣)たちを、地域の資源に変えていきたい、ということです。もう一つは、「猟師として生産者革命をしたい」ということ。今の社会では、商品に値段がついても、その収益の半分以上が仲買業者や小売りにいってしまって、生産者には利益が残らないしくみになってしまっています。そんなの、生産者としては売りたくないし、続けてもいけない。生産者が搾取されているこの状況を、なんとかしたいと思っています。
猟師として動き始めてから、地域の農家の人に「獣を捕ってくれ」と頼まれることが多くなりました。畑が荒らされてかなわん、と。最初は1人1人に対応していたのですが、次第に増えてきて対応しきれなくなり、「集落で集まって依頼してくれたらやります」と、説明会を開催することにしました。ハザードマップの野生動物編のつくり方を学んで、そのワークショップを地域で開催してみました。集落のおじちゃんたちと一緒になって、どこにどんな動物が出て被害が出ているのかというマップをつくったんです。これが面白かった。「ここに猪がよく出るのは、ここに栗の木があるからだな。こっちの柵は壊れてるから、こりゃ通るわな」というのが、はっきり見えてきました。そうして集落全体で獣害被害の現状を把握することができて、次の対策を考えられるようになりました。まずは現状の可視化、その後に防除指導や捕獲の支援。そういうステップを踏むことで、獣害被害が集落全体の問題として認識されて、一緒に対策をするという姿勢を引き出すことができました。
捕獲についても、農家の人たちは罠や鉄砲の資格を持っていないから、猟師に「捕ってよ」と頼むしかありませんでした。そこで、「罠くらいは自分たちでも使って捕ってくださいよ」と僕らが技術指導して、罠を無償で貸し出すことを始めました。そのかわり、捕れた動物は僕らにタダでください、と。農家の人たちにとっては、畑の被害を減らすために野生動物を捕ることが目的だから、捕れた動物はいらないですからね。それをもらって、僕らが加工して商品にする。貸し出し用の機材も、最終的には自分で購入してもらって、自分たちで捕ってもらう、ということを進めています。
獣害対策支援を開始した1年目には、事業費は自己負担していましたが、翌年からは岐阜県から獣害対策のモデル地域支援としての資金援助を受けられることになり、3地域で合計100万円ほどの予算で請け負うことになりました。その後もこの活動は続いていますが、今では、行政から資金援助を受けなくても、集落の方たちから直接お金をいただいて実施できるようになりました。
この活動の成果としてうれしいのは、集落で新しく狩猟の免許を取った人が28人いることです。最高齢はなんと78歳。うれしい、けど、早く若手にバトンタッチしないといけないですね。さらに、講習を受けた人がなれる捕獲補助員は116人。今まで、「猟師が捕らないからいけないんだ」と言っていたおじちゃんたちが、自分たちで捕るようになった。これは大きな変化です。さらに、今は集落からマップづくりのワークショップをやってほしい、とか、捕り方を教えてくれと、仕事として依頼されるようになってきました。
 
狩猟をブームにして、人を集め、人を育てる
僕らのような若い猟師が、少しずつですが、全国に情報発信ができるようになって、全国で狩猟に関心のある人が増えつつあります。今までは、田舎のおじちゃんたちの趣味というイメージだった猟師の仕事に、もっと若い人たちの興味を集めたい。そう思って、2009年から「狩猟エコツアー」を実施しています。狩猟活動の中で、自分たちで手作りしていた道具、ナイフや弓矢をつくる講座をやってみたり、鹿の解体体験とソーセージづくり、ガン・ハンティング講座など、狩猟の一部を体験できる講座です。過去7年間に50回以上実施して、参加者数は1,000人を超えました。そのうち300人は中学生です。猪鹿庁のFacebookページへの「いいね」も5,600を超えて、徐々に僕らのやっている「狩猟」というものへの注目を集められるようになってきました。
そのベースを使って、2013年に思い切って、「狩猟サミット」を開催しました。全国各地の狩猟の実践者たちが、それぞれの地域のくらしの中に狩猟を根付かせるために、一緒に狩猟文化を築いていこう、技術を高め合おう、狩猟の未来を語ろう!という企画で、さまざまな立場の狩猟者、実践者、狩猟に興味ある人たちが全国から集まるお祭りです。
郡上で開催した第1回には150人が参加してくれました。それ以降は全国各地を持ち回りで、それも自然体験活動に取り組む団体に、このサミットを開催してほしくて、第2回はホールアース自然学校の方に「頼むからやってくれ!」と頼み込んで、静岡で開催してもらいました。
僕は、自然体験活動におけるインタープリター(自然と人との通訳者)という役割は、猟師も学ぶべきだと思います。猟師はいのちをいただく仕事。その役割はまさに、自然と人との間に立つインタープリターです。だから自然体験の活動から我々猟師が学ぶべきことは多い。そして、全国にたくさんある自然体験活動団体がこのサミットを開催することで、おおきなうねりをつくることもできる。若い人も巻き込める。だからどうしても、自然体験活動団体を巻き込みたくて、毎回、自然体験分野の先輩方に頼み込んで、各地で開催してもらっています。今では毎回200人が集まるイベントになってきました。そうやって狩猟活動への関心を喚起して、ブームをつくりながら、ブームで終わらせずに、人を育てる場やしくみをつくっていく、発信していく、ということを、これからも続けたいと思っています。
 
狩猟の新しいシステムをつくる!
農家の獣害対策支援と並行して、林業者への支援も進めています。山に野生動物がいることで、植樹をしても数週間後には苗木をシカにみんな喰われてしまうという問題が起きています。この問題に、林業者にも当事者意識をもって関わって欲しくて、郡上市に「森林動物共生サポートセンター」をつくってもらって、林業施業者・森林保有者と、鳥獣被害対策実施隊の橋渡しをする、勉強会を開催する、という活動もしています。でも、農業も林業も、マンパワーが圧倒的に足りない。趣味としてやっている方も多いから、じゃがいもを半分喰われても、「やられちゃったよ」と笑っている。でもそれを許していると、農業・林業に携わる人はどんどんやめていってしまうことが目に見えています。この集落のおじ(い)ちゃんたちのところに、若い人を送り込むことができないかと、ずっと考えていました。
最近、若い猟師への注目が高まったおかげで、狩猟の有資格者数も徐々に増えています。環境省が2012年から全国各地で開催している「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」には、毎年計1000人以上、各会場平均で400人以上も参加しています。その中には、狩猟免許は持ってるけど都市部に住んでいる、という人も多数います。狩りたい、でも猟場をもってない、毎日罠を見回りに行けない、捕獲後すぐに処理できない、ということがこれまでの狩猟のハードルとしてありました。
これを「現代版狩猟:クラウド猟師」にしていこう!と思って導入したのが、3G通信機能付きのセンサーカメラです。「クラウド猟師」と猟場をマッチングして、地域に入って罠をしかけ、カメラを置いてもらう。すると、罠の前を動物が通るたびに自動で写真が撮影されて、その映像をメールで送ってきます。「おっ!俺の罠に動物が来たよ!!」っていうことが、都会にいながらでもわかる。これがすごく面白い。都会にいながらリアルに里山を感じられるし、罠を見張ることができる。都会にいながら猟師になれる。このクラウド猟師を、大真面目に求人したいと思っていて、今、求人サイトを立ち上げているところです。僕らや地元のコーディネーターで猟場の管理をして、罠の見回りはクラウド猟師にメールで確認してもらう。捕獲後の処理は地域の人がする。こうして、狩猟に協力してほしい地域と、狩猟をやってみたい人をマッチングしたい。いずれはクラウド猟師から、地域の猟師になってほしいと思っていますが、まずはクラウド猟師たちに地域の応援隊になってもらいたい。集落の人たちと一緒に捕れた肉を食べてバーベキューしたり、その縁で田植えの手伝いをしたり祭りを手伝いに来たり。集落の人たちと、狩猟に興味ある人がどんどん交流する。そういう中から、いい若者を地域に引き抜く。集落から仮の住民票を発行したりして、つなぎとめる。そうやって、人手不足の集落に人を送り込んでいきたいと思っています。
BusinessModel_inoshikacho
獣害対策のプロ集団をつくって、地域の対策支援組織を応援する
もう一つ、獣害対策支援として行っているのは、獣害対策の支援組織を地域につくるということです。これまでの獣害対策は、市町村の獣害対策の担当課が、住民からの陳情を直接受けて、確認して、地域の協議会や猟友会に諮って狩猟を依頼するという、行政の担当者にすごく大きな負担がかかるしくみでした。その現場では、若い担当者たちがすごい苦労をしています。しかも担当者は数年ですぐ変わってしまいますから、根本的な取り組みを進める時間も体力もありません。
これをなんとかしないといけないと思い、市町村と連携して、地域の獣害対策に取り組む対策支援組織を地元につくる、という取り組みをはじめました。とはいえ、僕ら猪鹿庁のメンバーは自然体験分野出身なので、獣害対策についての専門知識はありません。そこで外の力を借りようと、大学の先生や他の地域で活動する人に相談したり、情報提供してもらったり、外部の専門家の知恵を借りることにしました。
こうした取り組みを進めるなかで、2011年に開いた獣害対策の研究会で、僕らと同じように獣害対策を仕事として、民の力でゴリゴリやって解決していくぞ!と活動している熱い人たちに出会い、「獣害対策のプロ集団としてネットワークをつくろう!」と合意して発足したのが、「ふるさとけものネットワーク」(通称:ふるけも)です。このネットワークは、獣害対策に関する情報共有や、技術を研鑽するための「けもの塾」の運営、団体の運営のサポートなどを行っています。また「ふるけも」では、自治体の担当者を対象とした研修を開催して、他の地域の獣害対策を学ぶ場を設けたり、これから野生動物に関わる仕事をしたいと思っている人たちに、僕たちの体験から得られた「学び」や「コツ」みたいなものを伝える場も設けています。その「けもの塾」の参加者もどんどん増えていて、やがて参加者が地域のコーディネーターとなって地域の獣害対策を進めていく、そういうしくみにしていきたいと思っています。
僕は、人間には食欲や性欲と同じように、「猟欲」があると思っています。その猟欲のスイッチを押すと、人は捕りたくて仕方がなくなる。そして、獣害被害に困っている集落にそういう人が入ることで、みんな幸せになる。しかも、捕った猪は1頭100万円で売れる。そうすれば、「獣害被害対策」なんて関係なくなって、地元の若者が「職業として猟師になりたい」と思うようになるでしょう。今は奨励金頼みで、公共事業化してしまっていて、捕れた肉もすごく安い値段でしか売れない。そんな状況を、ちゃんと捕って処理すれば、おいしい肉として高く売れるというようにしたい。そして、集落の人たちと狩猟に興味ある人たちがどんどん交流して、地域の応援隊ができる。狩猟や獣害対策のプロを養成して、獣の町医者を全国に配置する。そうなれば、獣害は獣益に、地域の資源になります。まだまだ実現できていないこともありますが、僕自身が郡上という地域に根付く猟師として、そして、全国に仲間を増やしていくために、これからもゴリゴリ楽しく動いて発信し続けたいと思います。

【レポート】第53回 社会事業家100人インタビュー:(特)国際自然大学校 理事・アドバイザー 桜井義維英氏

社会事業家100人インタビュー第53回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

2017年10月19日(木)19:00~21:00 於:日本財団

(特)国際自然大学校 理事・アドバイザー 桜井義維英さん

桜井さん写真

 
桜井義維英さんは、83年に国際自然大学校(以下NOTS)を佐藤初雄さん(同会理事長)とともに立ち上げ、自然体験活動推進協議会(以下CONE)の設立(2000年)・運営に尽力されるなど、自然体験活動にかかわる人なら、なんらかの機会に必ずお世話になっているキーパーソンです。さまざまな組織でのご経験・ネットワークを基に、現在は、「すべての子どもが継続的に享受できる社会教育のしくみづくり」をめざして、個人としても日々汗を流しておられます。
今回のインタビューでは、まず、新たな組織やしくみの必要性に思い至った経緯を共有いただき、その実現に向けて、どのように信頼を積み重ね、制度や資源を活用するかなどについて、豊富なご経験の一端に触れました。
 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
日本の自然体験活動が、個別団体の活動だけにとどまらず、「業界」として互いに連携できているのは、ひとえに桜井さんのお力によると言っても過言ではない。ご自身が所属される組織でも、また、個性的なリーダー揃いの他団体とともに進めるプロジェクトにおいても、常に要の「大番頭」役を担い続けてこられた桜井さんから、事業を束で育てる座組みについて学んでほしい。
 
自然学校は賞味期限切れ?
佐藤初雄さんとともに、NOTSを30年以上引っ張ってきたので、新しいことを個人的に始めようとしても、どうしても「NOTSの桜井が…」と言われてしまいます。そこで、2016年からフリーになりました。どこからもお給料はもらいませんが、自然体験活動業界からの引退ではありません。
いろいろなタイプの自然学校の立ち上げや運営に長らくかかわってきて思うのは、自然学校はもう「賞味期限切れ」だということです。自分たちがやりたい場所で好きな時に活動しているだけでは、とても生き残ってはいけません。特に東日本大震災以降は、地域おこし・活性化の担い手として注目されており、状況を踏まえて、事業や活動をデザインしなおす必要が出てきました。先をしっかり見て、進めていけば大丈夫。自然学校のスタッフは、個々人の持つスキルによって、地域の中核的な人材になる可能性を秘めています。
自然学校は全国に公称(注:調査に基づく最広義で)3000か所、しかし実質は300か所と言われます。安定した運営が成り立っている団体がそれだけ少ないということです。カリスマ的な創立者が引退したとたん、団体存続の危機を迎えるケースも多いのですが、だからといって突然活動をやめてしまうと、そこに来ていた子どもたちが行き場を失います。すでに、かつての参加者の子どもたちが来る時代に入っていますから、それはまるで母校の小学校がなくなってしまうようなものでしょう。そこでNOTSでは、そういった自然学校を実質的に吸収合併し、ブランドは残したまま活動を継続させることも積極的に手掛けています。スタッフを派遣して運営を改善したり、共通する事務を統合したりするなど、できることはいろいろあります。
 
番頭を育成し、組織基盤を安定させる
団体には、カリスマ的なトップだけでなく、番頭の存在が欠かせません。言うなれば「トップを狙わない二番手」です。NOTSは、大学の同級生である佐藤さんが校長、私が副校長というポジションを決めた時から、佐藤さんには敬語で話すようにし、団体内外に2人の立ち位置をはっきり示しました。「トップの寝首を掻かない番頭」がいるからこそ、組織基盤は安定します。しかし、トップの決断に無条件ですべて従うということではありません。重要な事項は、まずトップと番頭でしっかり共有・議論し、意思決定を統一すべきです。
ですから、議論も徹底的にしました。部屋から漏れてくる、佐藤さんと私の議論の声を聞いて、ボランティアの学生に「桜井さんは、佐藤さんと仲悪いんですか?」と聞かれたこともありました。そうではなく、佐藤さんの意思をできるだけ正確につかむためには、そういう議論は遠慮なくしなくてはならなかったのです。そしてきちんと納得したうえで、職員に対して、その方法論や、事業化を伝えていったのです。
自分がやってきたことを次世代に引き継ぐため、番頭を育成するための私塾「走林社中」を今年からスタートしています(注1)。7~8名限定の1年間のプログラムで、ブログ購読による遠隔参加も可能です。これまでの私の経験を1から10までなぞっていては時間がかかりすぎるため、私が現在直面している課題や問題意識について、一緒に考えていくスタイルにしています。
 
(注1)「走林」は、桜井さんのキャンプネーム。
 
囲い込まず、大きな目的のもとに協力体制を築く
個々の団体でできることは限られているので、(注:静的なネットワーキングではなく、動的な)ワーキングネットとして、業界としての存在感や協力体制をつくることも大切です。自然体験分野では現在、CONEと日本アウトドアネットワーク(以下JON)の2つがありますが、指導者・参加者の供給の観点からも、官民で分けず、将来的にはひとつのネットワークに作り直した方がいいと考えています。
ネットワークに加盟する団体の考え方や求めるものが異なるのは当然で、JONは「登りたい山は同じだから、道が違っても認めあおう」という緩いスタイルです。たとえば、自然を守れという団体とキャンプファイヤーをする自然学校とは、本来相容れないはずですが、大きな目的(注2)で合意しているのです。CONEは、「5つの憲章」(注3)への賛同が条件になっています。
 
(注2)「目的」(団体ウェブサイトより抜粋)
「アウトドアにおける諸活動の普及と振興を図ると共に、社員相互の情報交換をもって、日本の国内のみならず、広く世界各国の方々との交流を通じて、平和で、自立した豊かな社会を築く人づくり、町づくり、持続可能な地域環境づくり、そしてグローバルな人材の育成に寄与することを目的としています。」
 
(注3)「5つの憲章」(団体ウェブサイトより抜粋)
一、 自然体験活動は、
自然のなかで遊び学び、感動するよろこびを伝えます。
ニ、自然体験活動は、
自然への理解を深め、自然を大切にする気持ちを育てます。
三、自然体験活動は、
ゆたかな人間性、心のかよった人と人のつながりを創ります。
四、自然体験活動は、
人と自然が共存する文化・社会を創造します。
五、自然体験活動は、
自然の力と活動にともなう危険性を理解し、安全への意識を高めます。
 
家庭環境を問わず、一緒に自然体験活動に参加
自然体験活動は楽しいだけでなく、仲間と一緒に過ごす中で、たくましく生きる力を育むことができます。誰もが等しく活動に参加できるしくみを立ち上げたいのです。自然体験活動分野にも、貧困家庭の子どもたちだけを集めて実施する無料のプログラムはすでにありますが、私は、普通の家庭からも富裕層の家庭からも子どもたちが一緒に参加することが不可欠だと考えています。キャンプやスキーという非日常の体験を通して、友だちとしての力の貸し借りが自然に発生します。子どもの頃に生まれたこうした関係が続けば、将来、貧困から抜け出すチャンスに出逢う可能性も高まるからです。
貧困家庭の子どもたちの参加費と服や装備にかかる費用などは、寄付を募って充当したいと考えています。子どもはお互いの違いに敏感で、服装にはわかりやすく差が出てしまうので、些細なことのようですが、サポートが必要なのです。学校ではみんなユニクロを着ていても、富裕層の家庭の子どものようにキャンプ先でパタゴニアを着るのは無理。「お前、学校に行くのと同じカッコかよ?」と言われてしまいます。
 
親の不安を取り除き、期待に応える
また、自然体験活動に子どもを参加させるか、どこの自然学校に行かせるかを決めるのは、最終的には保護者ですから、情報の届け方が重要です。選びやすい・比べやすいように、情報を整理し、エリアごとにまとめて出さなければなりません。特に母親にとっては、子どもとの物理的な距離の問題が大きく、遠いところに行かせるのを躊躇するようです(母親の意識が突き抜けていれば、いきなり海外という選択肢もあるのですが)。
また、「自然学校に参加させれば、あなたのお子さんは将来、アウトドアのエキスパートになれます!」と言っても、響くはずがありません。危険な目に遭わせたくないし、将来アウトドア以外に何の役に立つのか、と逆に引かれてしまいます。安全であるのは当然として、学校教育以上の教育的効果を求められているのです。残念ながら、日本の自然体験活動業界は「こういうことを体験すると、将来こんな人になれますよ」といった、特別ではない普通の親たちを説得でき、子ども自身も憧れるようなロールモデルを示せていません。たとえば、米国では歴代の大統領をはじめ、社会で活躍し尊敬されている人たちにはボーイスカウト出身者が多数います。日本では、マスコミとタレントの巻き込みが必要です。
特に貧困家庭の親にとっては、まず子どもとの日々の生活(衣食住)に追われ、次に勉強、その次にスポーツ、その次にようやく自然体験活動への興味が来るか来ないか、といったところでしょう。その子どもにとって、長期的な観点から必要なもの・ことは何かを考え判断できる状況にはないわけで、ハードルを少しずつ低くするための、丁寧なアプローチとフォローが欠かせません。
私は、交通遺児育英会あしなが育英会にも勤務していたため、親を亡くした子どもたちや彼らを取り巻く環境の厳しさに触れる機会が多くありました。その子のせいではないのに、資金的に余裕がないという理由だけで、さまざまな機会への挑戦や興味を奪ってはならないと強く思っているのです。
 
企業や個人からの寄付を継続的に受けるために
企業の社会貢献として、寄付や協賛をつのるとしても、子どもたちが継続的に参加できるよう、多くの企業から支援し続けてもらえる枠組みを整えなければなりません。ある会社に寄付をお願いしに伺ったところ「株主に説明できない」と言われました。寄付先が信頼に値するのか、保証がないと無理ということでした。寄付を受けやすくするために、公益法人の設立(もしくはすでにある法人に受け皿になってもらう)が必要でしょう。
業界全体の人材育成の取組みの一環として、自然体験指導者個人の表彰は、昨年から「ジャパンアウトドアリーダーズアワード」(JOLA)をスタートしていますが、団体の評価制度は、これから委員会を立ち上げるところです。文部科学省の「こどもゆめ基金」などの助成は長くても3年間で終了してしまうので、民間の力だけで安定して実施できるよう計画中です。
 
小学校と自然学校の補完性を高めたい
現状日本では、小学校5年生全員が宿泊をともなう野外体験に参加することになっていますが、本当は、3~4年生に3泊4日くらいの日程で来てほしいです。受験などで忙しくなってしまう前に、血沸き肉躍る体験が存分にできれば、リピーターになってくれるかもしれないからです。その地が、いつでも帰ってこられる子どもたちの第2のふるさとになれば理想的です。ただ、引率する小学校の先生の負担を考えると、(アメリカのサマーキャンプのように)受け入れ施設のスタッフが責任もってすべて引き受けるシステムにしないとむずかしいでしょう。
反対に、田舎の子どもたちは、豊かな環境に囲まれていながら自然体験にそれほど興味を持たないという問題があります。実際、家と家の間が遠いので、家遊びが中心となってしまうのです。個々人の意識や習慣を変えるのはたいへんですが、自然学校のスタッフが地域に入り込めば、変えられる可能性があります。たとえば、地域のお祭りの日程を自然学校の活動に組み込んで、首都圏の子どもたちと一緒におみこしを担ぎ、交流できる機会にするなどです。
 
座組みは、教育と人脈から
これまでにない、大きなことを始めたいときには、セクターを超えて、これはという人に声がけし、新たなプロジェクト・チームをつくらなければなりません。いわゆる「座組み」ですが、あきらめず、あっためて、ずっと言い続けることです。こちらの企画をお話しして、その人に担ってほしいカード(食いついてくれるようなネタ)を示して、興味を示してくれたら、頼むのではなく役割を振ります。そして、やってもらいっぱなしではなくその後のフォローをこまめにします。政治家に対しても、陳情ではなく「一緒にしくみをつくりましょう」とアプローチします。
座組みを考えるとき、欠かせないのが人脈です。あしなが育英会のOB・OGには、政治家や企業の役員、官僚もいます。「これは!」という子にはあらかじめ目をつけておき、社会人になってもつながりを絶やさないようにしてきました。
あしなが育英会では、「将来稼げるようにするための教育」に積極的です。たとえば大学生の寮で、地域の名士や卒塾生等に講師をお願いして、定期的にセミナーを開催しています。社長が話せば、就職説明会になります。インターンシップにつなげることも可能でしょう。奨学金の返還率が高いのは、高校生の時から「目線を上げる」ための教育をしているからなのです。
奨学生は、厳しい環境に置かれていますから、「どうせがんばっても…」という負け犬根性に陥りがちです。そこで、貧困国でのスタディツアーでスラム街を見せて、自分たちがいかに恵まれているかを実感してもらったり、ハーバードやオックスフォードから大学生を呼び、寝食を共にするワークショップを実施したりしたこともあります。いずれも荒療治ですがインパクトがあり、3日間で奨学生の考え方は一気に変わります。自分が将来どうなるかだけではなく、世のため人のために何かしよう、そのためには今何をすればいいのか、と考えるようになるのです。
今考えている新しいしくみは、既存の団体やネットワークとも協働しながら、使える制度を活用しつつ整えていきます。それぞれのリソースや問題意識をこれからも共有し、継続的で垂直的な支援を一緒につくっていきましょう。
(文責:棟朝)

第55回 社会事業家100人インタビュー 郡上里山株式会社 興膳健太氏 2017年12月6日に開催決定!!

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◆第55回 社会事業家100人インタビュー
12月6日(水)18:00~20:00 @名古屋
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ゲスト:郡上里山株式会社 興膳健太さん

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日本には、世界に紹介したい社会事業家がたくさんいます。
新たなビジネスモデルを創りだした先輩社会事業家100人に、
そのビジネスモデルを確立した経緯、
事業として成り立たせていく段階での経験談を掘り下げて
お聞きする『社会事業家100人インタビュー』。
今回は、岐阜県郡上市で活動する郡上里山株式会社の
興膳健太さんがゲストです!
*12月6日は東海若手起業塾一般社団法人ソーシャルビジネス・
ネットワーク
、IIHOE [人と組織と地球のための国際研究所]の
協働事業として、同会場にて開催する「東海若手起業塾
中間研修後の特別企画として開催します!
「社会事業家100人インタビュー」には一般参加可です☆
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
清流長良川の源流部に位置する郡上市で、
透きとおった冷たい川で川遊び!緑あふれる山々の登山!鍾乳洞の探検!
などの郡上ならではのプログラムを通して「自然を好きになってもらいたい」
という自然体験活動を2000年から実施している(特)メタセコイアの森の仲間たち

2007年からメタセコイアの森の仲間たちに参画した興膳さんは、
2009年に「私たちは猟師として里山に生きることを決めました」
と、里山保全事業部「猪鹿庁」を発足。
その活動は、猟師や解体者の育成や狩猟学校、狩猟サミットの開催、
植樹活動、レストランやイベント出店等での製品販売、
ジビエ体験ツアー、狩猟の6次産業化に取り組むなど
様々な形に進化している。
また、2016年には新たに「郡上里山株式会社」を設立。
猪鹿庁の活動と並行して、里山の生態系を保全し、
里山を最大限に資源化する新しい仕組みをつくることに挑んでいる。
「猪鹿庁」長官として、また「郡上里山株式会社」の代表として、
獣害対策や里山保全の最先端を行く興膳さんに、
その活動の成り立ちを伺います。
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● ゲスト:郡上里山株式会社 興膳健太さん
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興膳さん.jpg
ゲストプロフィール:
1982年福岡県生まれ。福岡大学から岐阜大学地域科学部に編入し、まちづくり
活動について勉強していたとき郡上市を知る。
そのとき知り合った移住者の先輩たちの姿に憧れて2007年に郡上へ移住。
NPO法人メタセコイアの森の仲間たち」の代表理事として、自然体験を通した
まちづくり活動を行う。さらに自分自身もひとりの猟師として活動しているなか
で、里山が抱える獣害の問題と向き合い、猟師の仕事を多くの人に知ってもらい
たいという思いではじめた「猪鹿庁」の活動が全国的な注目を集める。
また、新たに「郡上里山株式会社」も設立。
これからを見据えて、里山保全に関わる人材育成を手がけている。
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● 開催概要
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日時:2017年12月6日(水)
18:00~20:00(開場17:45)

会場:展示館ブラザーコミュニケーションスペース
(ブラザー工業株式会社)
名古屋市瑞穂区塩入町5番15号
名鉄名古屋本線(岡崎・豊橋方面)「堀田駅」下車。徒歩2分
http://www.brother.co.jp/bcs/guide/index.htm
定員:約30人(先着順)
参加費:1,500円(参加費は当日、受付にて徴収させていただきます)
※うち500円は、ゲストの指定する団体等に寄付させていただきます。
対象:社会事業家として事業を始めている方、
これから始めようとされている方、
ビジネスモデルの作り方を先輩社会事業家から学びたい方
共催:東海若手起業塾実行委員会、
一般社団法人ソーシャルビジネス・ネットワーク(SBN)、
IIHOE [人と組織と地球のための国際研究所]
協力:ブラザー工業株式会社
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● プログラム
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◇ ゲストのご紹介、趣旨説明
◇ ゲストご自身からビジネスモデルの紹介
◇ インタビュー
インタビュアー:ソーシャルビジネス・ネットワーク理事、
IIHOE代表者 川北秀人
◇ 参加者からの質疑応答
・参加者からの質疑応答の時間を設けますので、
ご参加いただく方は1人1回はご質問ください。
・ゲストの事業についてご理解いただくために、事前資料をお送りします。
(参加申込いただいた方にご連絡します。)
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● 申込みについて
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下記URLのフォーマットに記入の上、12月4日(月)までにお送りください。
定員になり次第、締切らせていただきますので、お早目にお申込みください。
http://goo.gl/skWyL
※開けない場合は、メールにて、お名前、ご所属、ご連絡先(eメール、電話番号)
を書いてお送りください。
送付先 hoshino.iihoe(a)gmail.com *(a)を@に直してお送りください。
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【お問い合わせ先】
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IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所] 担当:星野
hoshino.iihoe(a)gmail.com *(a)を@に直してお送りください。
※本事業はSBN理事を務めるIIHOE川北と、SBNとの協働事業のため、
申込対応業務をIIHOEにて担当しています。
◇本プロジェクトのfacebookページ
http://www.facebook.com/100JapaneseSocialEntrepreneurs
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第54回 社会事業家100人インタビュー 特)国際自然大学校理事・アドバイザー 桜井義維英氏 2017年10月19日に開催決定!!

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社会事業家100人インタビュー 第54回
2017年10月19日(木)
19:00~21:00@日本財団2F会議室(虎ノ門/溜池山王)
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先輩社会事業家からビジネスモデルを学ぶための本企画。
SBN理事・IIHOE代表の川北秀人がインタープリターとなり、
直接、先輩事業家に学び、質問することができる対話型講座です。
桜井さん写真
今回のゲストは、(特)国際自然大学校理事・アドバイザーである桜井義維英さん。
83年に国際自然大学校(NOTS)を設立、
自然体験活動推進協議会(CONE)などでの幅広いご経験・ネットワークを基に、
現在は、すべての子どもが継続的に享受できる社会教育のしくみづくりをめざして、
個人としても日々汗を流しておられます。
今回は、そのビジネスモデルを共有いただき、どのような制度や
資源を活用すべきか、一緒に考えていきます。
───────────────────────────────────● 開催概要
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日時:2017年10月19日(木)19:00~21:00
会場:日本財団2F会議室(東京都港区赤坂1丁目2番2号)
【アクセス】
東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」3番出口より徒歩5分、
南北線・銀座線「溜池山王駅」9番出口より徒歩5分、
丸ノ内線・千代田線「国会議事堂前駅」3番出口より徒歩5分。
*下記サイトをご参照ください。
http://www.nippon-foundation.or.jp/about/access/
定員:15名
対象:社会事業家として事業を始めている方、これから始めようと
されている方、ビジネスモデルの作り方を先輩社会事業家から
学びたい方
参加費:SBN会員:1,500円、SBN非会員:2,500円
*参加費のうち500円は、ゲストが指定する寄付先にそのまま
寄付させていただきます。
主催:(一社)ソーシャルビジネス・ネットワーク(SBN)、
IIHOE [人と組織と地球のための国際研究所]
共催:日本財団CANPANプロジェクト
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● ゲストプロフィール
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桜井 義維英(さくらい よしいえ)さん
【※ここに桜井さんのお写真を入れます。】
1957年生まれ。
1979年3月 日本体育大学社会体育学科卒業(在学中、野外教育
活動研究会を創立)、英国アウトワード・バウンド・
スクールのエスクデル校に入校、同卒業
1980年4月 交通遺児育英会入局
1983年3月 同退局
1983年4月 国際自然大学校を設立 副校長
1999年4月 国際自然大学校 副理事長
2000年9月 自然体験活動推進協議会に出向 事務局次長
2001年4月 自然体験活動推進協議会 事務局長
2005年4月 国際自然大学校 副理事長
2005年9月 千葉県立大房岬少年自然の家 ディレクター(所長)
2008年4月 国際自然大学校 副理事長・校長(兼務)
2011年4月 国立赤城青少年交流の家 所長
2014年11月 あしなが育英会 事務局長
2015年7月 国際自然大学校 理事・アドバイザー
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● プログラム
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◇ ゲストのご紹介、趣旨説明
◇ ゲストご自身からビジネスモデルの紹介
◇ インタビュー
<インタビュアー>
ソーシャルビジネス・ネットワーク理事、IIHOE代表者 川北秀人
◇ 参加者からの質疑応答
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● お申込みについて
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「Peatix」にて事前申込み・入金をお願いいたします。
下記よりお申込みください。
http://peatix.com/event/299591
お申込み締切:10月16日(月)
*定員になり次第、締切ります。
*ご事情により、事前精算・申込が行えない場合は、お問合せ先まで
ご連絡ください。
【お問合せ先】
————————————————————-
(一社)ソーシャルビジネス・ネットワーク
TEL:03-6820-6300
FAX:03-5775-7671
e-mail:100info@socialbusiness-net.com
@の部分は半角に変換して、お送りください。
◇本プロジェクトのfacebookページ
http://www.facebook.com/100JapaneseSocialEntrepreneurs
◇これまでのインタビューはこちらから!
https://socialbusiness-net.com/newcontents01

「丸の内プラチナ大学」との連携し、7月14日より「SDGsビジネスコース」と「Social SHIFT テーブルコース」の、2つのテーマでの連続講座を開講。

ソーシャルビジネス・ネットワークは「丸の内プラチナ大学」との連携により、7月14日より、「SDGsビジネスコース」と「Social SHIFT テーブルコース」の、2つのテーマでの連続講座を開講します。
「SDGsビジネスコース」では、SDGsの先進的な取り組みを行う大手企業やソーシャルビジネス事業者が、各地域で展開しているサステナブル・ビジネスの事例を学ぶことで、SDGsの実践や地方創生関連など事業開発の可能性を探ります。
「Social SHIFT テーブルコース」では、フューチャーインの視点から事業展開を図っている、メディアでも活躍中のソーシャルアントレプレナーを囲み、少人数でソーシャルな飲食も楽しむ寛いだ雰囲気で、未来構築や人間力など、その極意を学びます。
各講座については、開講説明会(無料)を6月29日に開催いたします。
ぜひご参加ください!
丸の内プラチナ大学2017
丸の内プラチナ大学 第2期 開講説明会
1942409
________________________________________
◆SDGsビジネスコース
2030年に向けたSDGsの達成が国際的な課題となっている中、リスクとして捉えられることの多いSDGsを、積極的なオポチュニティとして実践する機会を提供する講座です。SDGs分野において先進的な取り組みを行う大手企業の事例や、社会や地域の課題をビジネスの手法で解決するスペシャリスト「ソーシャルアントレプレナー」が、各地で「ソーシャルタウン・モデル」として展開しているサステナブル・ビジネスの事例等を学ぶことで、SDGsの実践や地方創生関連事業開発の可能性を探ります。
講師は、NPO法人サスティナブルコミュニティ研究所の小出浩平さんです。
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ゲスト講師には、IIHOEの川北秀人さん、キリンホールディングス株式会社の森田裕之さん、島根県雲南市役所の板持周治さん、株式会社福市/Love&senseの高津玉枝さん、岩手県陸前高田市長の戸羽太さんにご参加いただき、取り組まれている事例や実践についてお話しいただきます。
開催期間:7月14日~11月8日
受講費 :24,000円(税別)
対象者 :
・CSRやCSVに関わられている方
・SDGsについて知りたい方
・SDGsの先進的な取り組みを行う大手企業の取り組みを学びたい方
・SDGsを如何にビジネスに結び付けられるかを考えている方
・サステナブル・ビジネスの事例を学びたい方
・地域での地方創生関連の取り組みを考えている方
詳細は、こちらをご覧ください。
SDGsビジネスコース
 
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◆Social SHIFTテーブルコース
マーケットインからソーシャルイン、さらにはフューチャーインのビジネス思考が求められています。この講座は、ソーシャルイン、 フューチャーインの視点から、様々な事業を展開している、メディア等でも活躍しているソーシャルビジネス事業者から、ワーク・シフト、ライフシフトのヒントをつかむことができる連続講座です。オーガニック、フェアトレードなど、ソーシャルな飲食をとりながら、寛いだ雰囲気の中で、じっくりと話を聞くことのできる少人数制の講座です。
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講師は、一般社団法人ソーシャルビジネス・ネットワーク 専務理事の町野弘明です。
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ゲスト講師には、株式会社いろどりの横石知二さん、元株式会社スワンの海津歩さん、株式会社大地を守る会の藤田和芳さん、NPO法人北海道グリーンファンドの鈴木亨さん、IKEUCHI ORGANIC 株式会社の池内計司さんにお越しいただき、飲食を楽しみながらソーシャルアントレプレナーの方々とお話頂きます。

◆ゲスト講師・講座概要

 

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葉っぱをお金に変えたまち~
「学者は語れない儲かる里山資本テクニック」著者に学ぶ、地方創生ビジネス
*「カンブリア宮殿」出演
横石氏
 
 
 
 
 
 
ゲスト講師:横石知二 氏
株式会社いろどり 代表取締役社長
 

DYA3

障がい者雇用の常識を変える~
最低賃金を守り、黒字化経営を実現するスワンカフェ
*「ガイアの夜明け」出演
海津歩氏 写真
 
 
 
 
 
 
ゲスト講師:海津歩 氏
元 株式会社スワン 代表取締役社長/
ヤマトボックスチャーター株式会社 人事部長
 

DAY4

日本で、世界で、生産者と食を守る~
多様なアライアンス戦略で有機野菜、食の安全市場を拡大する大地を守る会
*「カンブリア宮殿」出演
大地を守る会_藤田氏写真
 
 
 
 
 
 
ゲスト講師:藤田和芳 氏
株式会社大地を守る会 代表取締役社長
 

DAY5

地域電力がまちを豊かに~自律型 地域経済循環モデル

 
 
 
 
 
 
 
ゲスト講師:鈴木亨 氏
特定非営利活動法人北海道グリーンファンド
理事長兼事務局長
 

DAY6

徹底的に顧客に寄り添い、徹底的に品質にこだわる
~地方発グローバルビジネス
*「カンブリア宮殿」出演
まとめ・講評:
これまでの講座を踏まえ、受講前と受講後で、受講生が考えるソーシャルシフト・ビジョンがどのように変わったかについて、受講者から発表をしていただき、ゲスト講師による講評を行います。
池内氏写真
 
 
 
 
 
ゲスト講師:池内計司 氏
IKEUCHI ORGANIC 株式会社 代表

開催期間:7月14日~11月10日
受講費 :54,000円(飲食費込・税別)
魅力  :
ソーシャルアントレプレナーとゆっくりとお話をしながら、大地を守るDeli・Midorie・「いろどり」野菜などの毎回違ったメニューの健康的で美味しいオーガニックなお食事をご用意しております。
対象者 :
・社会課題の解決に取り組む生き方・働き方を考えている方
・CSRやCSVに関わられている方
・ソーシャルビジネスに興味がある方
・ソーシャルアントレプレナーとじっくり話をしたい方
詳細はこちらをご覧ください。
Social SHIFTテーブルコース

【レポート】第52回 社会事業家100人インタビュー:(社福)こころみる会理事長、(有)ココ・ファーム・ワイナリー専務取締役 池上知恵子氏

社会事業家100人インタビュー 第52回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

2017年3月30日(木)於:ココ・ファーム・ワイナリー

(社福)こころみる会理事長
(有)ココ・ファーム・ワイナリー専務取締役 池上知恵子さん

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同 理事会事務局長、同 C.O.O. 牛窪利恵子さん

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社会福祉法人こころみる会の理事長であり、有限会社ココ・ファーム・ワイナリーの専務取締役でワイン醸造技術管理士の資格も持つ池上さんは、知的障害者支援施設「こころみ学園」創設者川田昇さんの長女です。
今回は、長らく同会の運営に携わる牛窪さんにワイナリーをご案内・ご説明いただいた後、園内のカフェでワインを試飲しながら、池上さんにお話を伺いました。

 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
障碍者の就労支援は、仕事や産業として、製品やサービスとして、地域との連携として、どこまで進化できるのか。その答えは、同会の現場を拝見して体感するに如かず。敷地内に設けられた墓地には、園生と川田先生が並んで葬られている。その「こころみ」の歴史の一端をご紹介したい。
 
子どもたちの潜在能力を農作業で開花させる
川田昇は、戦後に満州から帰国し、足利市の中学校で教員となり、特殊学級(現在の支援学級)を担当しました。当時、障害をもった子どもたちは、外に出ることもなく、「かわいそう」ということであてにされることもなく、過保護に育てられがちでした。そのため体力がなく、わがままで我慢がきかない状態でした。そこで彼らには、1年中やることがたくさんある農作業が向いているのではと、農地を探しました。平らな土地は高価だったため、郊外の急斜面地を購入。南西向きで夏の西陽がよくあたるため、よい畑になると考えたのです。
しかし機械や重機が入れられるような土地ではなく、子どもたちと一緒に、手作業で木を切るところから始めなければなりませんでした。最初はすぐに疲れてしまい、飽きると切った枝でチャンバラをしていた子どもたちが、半年から1年経つと劇的な変化を見せるようになります。足利市は、夏は猛烈に暑く、冬は冷たい風が吹きすさぶ厳しい気候。平均斜度38度の斜面を毎日上り下りするには、五感を総動員させる必要があり、自然に体力と精神力がついて、空腹・暑さ・寒さ・眠さの「4つの我慢」もできるようになっていったのです。
木を切った後はあっという間に草が繁茂し、野菜を育てても、草に隠れてしまって見えません。そこで「(1年に一度甘い果物がなる)木のほうがいい」ということになりました。子どもたちの毎日の仕事がとぎれないような手間がかかる作物を、とブドウの栽培を開始しました。樹木でしたら草と見分けることができますから。
また、並行して始めたシイタケ栽培では、菌を打ち込んだ原木を、収穫までいろいろな場所に何度も移して発生を促します。木もれ陽のあたる山林の急斜面へ重い原木を持って歩くことで、体力と注意力がつくようにしました。
自らの資金による開墾と施設建設を経て、69年には知的障害者支援施設「こころみ学園」として、園生30名、職員9名の体制でスタートします(注1)。
(注1)同年11月に知的障害者更生施設として認可。
 
福祉ワインではなく、美味しいワインをつくる
ブドウは、戦後甘いものがない一時期には飛ぶように売れたものの、高度成長期に入ると、買いたたかれるようになってしまいました。そこで、ワインをつくれば保存もできるし付加価値も高まると考えた訳です。しかし(社会福祉の増進のために行政から資金を受けて事業を行い、収益への課税も優遇されている)社会福祉法人からは酒税を取れないため、「こころみ学園」では果実酒製造免許を申請できませんでした。そこで、園生の保護者の有志が出資して、80年に有限会社ココ・ファーム・ワイナリーを設立しました。現在、保護者会の会長が有限会社の社長を務めています。
84年に有限会社に醸造認可が下り、ワインづくりを開始しました。川田は当初から「“福祉ワイン”をつくっていたらつぶれるから、うまいものをつくろう」と言っていましたが、当時日本では、本格的なワインはまだ普及しておらず、美味しいワインの製法もあいまいでした。そこで、カリフォルニアから醸造技術者ブルース・ガットラヴ氏を招へいし、指導を仰いだのです。彼は「ワインの味は9割がたブドウで決まる」と断言します。除草剤や化学肥料を使わず、空き缶をたたいてカラスを追い払い、ブドウの世話や収穫を手作業で行うこころみ学園の取り組みに感銘を受け、今も学園の評議員やココ・ファーム・ワイナリーの取締役として働いてくれています。
ココ・ファーム・ワイナリーでは、北関東の気候風土に合った品種を選び(適地適品種)、自然な農業をこころがけてきました。100%日本のブドウを原料とした自家醸造です。天然野生酵母による醗酵なので、不安定で手間はかかりますが、香り高く上質なワインになります。味わいが長く、複雑でバランスがとれているワインは、良質のブドウと微生物によって生み出されるもので、人は手助けしているだけです。
ココ・ファームのワインを取り巻くデザインのコンセプトは、「Simple, Symmetry and Chic(シンプル、シンメトリー、シック)」。ラベルにもなるべく色を多用せず、カフェやショップの壁や天井はワインの色を見るため、白で統一しています。
 
世界から認められるワインに
ブドウを絞った後の皮と種にはポリフェノールが豊富に含まれるので牛の餌にいいと、近隣の飼料会社が無料で引き取ってくれます。実際にその飼料を食べた牛の肉質はたいへん上等です。また、その牛糞でつくられた堆肥をブドウ畑に施します。そのような取り組みが、いつのまにか「循環型農業」や「6次産業」として注目されるようになりました。
また、10年ほど前から、ワイン専門誌だけでなく女性誌や旅行誌などが取材にきてくださるようになりました。ワインショップでワインを購入され、おかげさまでその評判がまた口コミやSNSで広がるようになりました。
2003年にはカフェをオープンし、ワイナリー見学やテイスティング(試飲)などのプログラムをつくりました。オンラインショップもあり、ワイナリーに来られない方にもワインを楽しんでいただけます。
84年から毎年11月の第3土・日曜日に開催している「収穫祭」には、今や地元の人だけでなく全国から2万人近くの人が来てくださるようになりました。園生も、お客さんが来るとうれしくて作業にいっそう張り合いが出るようです。
2000年の九州・沖縄サミットの首里城での晩餐会で出すワインとして、ソムリエの田崎真也さんが、ココ・ファームのスパークリングワインを採用(注2)してくださいました。08年の北海道洞爺湖サミットの総理夫人主催夕食会(注3)、16年のG7広島外相会合の夕食会(注4)でも使っていただき、13年以降、日本航空国際線ファーストクラスのラウンジや機内で供されるワインとしても何回か採用(注5)されています。
(注2)スパークリングワイン「NOVO」 (注3)赤ワイン「風のルージュ」 (注4)スパークリングワイン「北ののぼ」
(注5)白ワイン「足利呱呱和飲」「月を待つ」「こことあるシリーズぴのぐり」「MV風のエチュード」、赤ワイン「2014風のルージュ」
 
会社から学園に業務委託し、全員で仕事を担う
有限会社で雇用すると、雇われた人の個人の口座に直接お金が入って、雇われた人の世話(食事や洗濯の手伝い)をしている人には配分されません。このためココ・ファーム・ワイナリーは、仕込みやビン詰などの作業をこころみ学園に業務委託する形態をとっています。
ブドウ栽培だけでなく、醸造の過程でのさまざまな作業は、単調で根気がいることばかりです。たとえば、ワインのビン詰作業は、寒いところで瓶を運び続ける重労働です。それを担当することになると、園生たちは驚くような能力を発揮し、作業に向き合ってくれます。その他、仕込み作業、ワインを入れる箱の組み立て、ラベル貼り、リボン切り、シール貼り、パンフレット折りなどの周辺作業もあり、それぞれの園生に向いている仕事に携われるようにしています。
また、外部の業者にはなるべく頼まずに(注6)、毎日3食の食事づくりと施設内の掃除、山のような洗濯も園生たち自身とスタッフで担っており、全体で大きな家族のように暮らしています。生活と仕事が一体のため、集団で生活が整えられることは大きな利点です。
入所希望が多く待機していただいている状態ですが、この施設が誰にとってもベストということではありません。現在園生は150名ほどで、半数以上はすでに高齢者となり、集まりの時は車いす十数台が並ぶような状況です。身体を使いながら規則正しい生活を継続することを心がけていますが、高齢化はこころみ学園でも大きなテーマです。園でお葬式も行い、川田とともに園内のお墓に眠る園生もいます。
(注6)園生の朝の作業開始が早いため、夕食のお皿洗いなどは近所の住民の方たちにパートとして入ってもらっている。
ココファームワイナリー図
 
地域の暮らしに溶け込み、助け合う関係を築く
施設と地域との共生ということでは、60年間の蓄積がありますので、頼むのが当たり前、やるのが当たり前という自然な関係になっています。地元の方々は、雨の中、園生たちが田島川岸で草刈りをする姿を見て、「後光がさすようだ」といってありがたがってくれます(実は、雨降りのほうが草刈りは楽なのです)。また、山林管理上、下草刈りは重要ですが、なかなか地域に人手がいないので、こういった作業に慣れている職員と園生が請け負っています。
地元の人は、園生を外で見かけると、気にかけて助けてくれ、自分のことのように心配してくれます。こころみ学園が農林業を主体とした生活共同体なので、地域の暮らしに溶け込みやすく、地域との関係も安定するのだと思います。
市の社会福祉協議会から、秋に開催する「ふれあいのつどい」に協力要請があるときなど、私は「こんな忙しいときに!」とつい思ってしまうのですが、園生たちは楽しんで参加してきます。主催者を喜ばせるために「つきあい」として参加するという高齢の園生もいます。「世間との付き合い」を感覚的に理解しているといってもいいかもしれません。
園でのボランティアの希望もいただきますが、危ない仕事や暑さ寒さに慣れていないと難しい作業が多いので、受け入れに際しては、園生に対してよりも気を遣うことになります。美味しいワインを飲んで、楽しんでくれる方がうれしいです。
今後の展開について、特別なプランはありません。今の社会は「もっと努力しないといけない」という強迫観念が強すぎるように感じており、「自立」という言葉も、あえて使わないようにしています。毎日仲よく暮らすことや、ささやかな誇りを持って仕事ができることを大切に思っています。そのためには、組織が安定して継続していけるよう注力する必要があります。それはワインづくりと共通点が多いと感じます。
ブドウが雹(ひょう)によるひどい被害を受けたとき、私は目の前が真っ暗になって、何も手につかなくなりました。でも園生たちは「また明日」と言って、たくさん食べてぐっすり眠っていました。それを見て、はっとしました。自然相手のことに「なんで雹が降ってしまったんだ」と嘆いてもしかたがありません。「みんなができるそのつどのこと」を愚直に続けていくことの真っ当さに改めて気づかされたのです。
図43図42
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A:山頂から見たブドウ畑
B:山のワイン貯蔵熟成庫の入り口
C:樽がひしめく貯蔵熟成庫内部
D:ソムリエよりワインの説明
E:ワインと一緒に供された一皿
*A~Eの写真は、(特)Co.to.hanaの西川亮さんからご提供いただきました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(文責:棟朝)

【レポート】第51回 社会事業家100人インタビュー:特)自立支援センターおおいた会長 米倉 仁氏

社会事業家100人インタビュー 第51回
先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ

 2017年2月22日(水) 18時~20時
於:大分県別府市 ユニバーサルスペース夢喰夢叶

ゲスト:米倉 仁(よねくら ひとし)さん
(特)自立支援センターおおいた会長
(有)ヘルプメイトグループ代表取締役社長

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プロフィール> 
1961年福岡市生まれ。福岡市立博多工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。宮崎県産業開発青年隊に入隊ののち、あさひ産業株式会社へ入社。23歳のときに事故で頚椎損傷し、車椅子生活に。
1991年3月28日、有限会社ヘルプメイトグループを立ち上げ、介護用品の販売、イベント企画などを行う。
2002年1月21日、NPO法人自立支援センターおおいたの理事長に就任し(現会長)、障害者の自立支援、バリアフリー・ユニバーサルデザインのコンサルテーション、別府・大分バリアフリー観光センター、ユニバーサルスペース「夢喰夢叶」(むくむく)と、独自のスパイスを使用した鶏のから揚げ「夢現鶏」(むげんどり)の飲食店運営などを手がける。
2016年5月、自叙伝「車いすの暴れん坊」を出版
 
<今回のインタビューのポイント>(川北)
障碍者の生活の自立を支援する団体は、全国に数多くある。しかし、障碍当事者自らが、生活の自立を進めるために、法制化されたサービスを超えた取り組みに相次いでチャレンジし続ける事例は、いくつもあるわけではない。その稀有な存在のひとつである自立支援センターおおいたの米倉さんのチャレンジの多様さとアグレッシブさから、社会事業家にとって最も大切な「挑み続ける姿勢」を学んでほしい。
 
—————
自分たちが好きなようにくらすための「自立支援」
私は23歳の時、事故で頚椎損傷し、車椅子生活になりました。寝たきりになり、医者からは「手足が細り、車椅子にも乗れないかもしれない」と診断されましたが、「医者に自分の人生は決めさせない」とリハビリを続けて、車椅子で移動できるようになりました。私のような、手もほとんど動かない重度障害者には、就職できる仕事はありませんでした。そこで、障害者だからできる仕事での起業を模索しました。そして、障害者の自立支援、バリアフリー・ユニバーサルデザインのコンサルタント事業を中心に事業展開していこうと決めました。
仕事をし、好きな時間に起きて寝て、好きな飯を食い、酒を飲む。自分がしたいことをするにはどうしたらいいか、どんなサービスがあれば好きなように生活できるかを考えて、自分が欲しいと思う事業をつくってきました。集まってきた仲間たちにも、自分と同じように人生を楽しんでもらいたい。住み慣れた町で自立した生活を送るためには何が必要か、そんな発想から、2002年に自立支援センターおおいたを立ち上げました。
センターの設立にあたっては、私たちのような、当事者主体の障害者自立支援を行っているセンターの協議会から400万円を借り入れしました。その資金を、設立から介護報酬が入るまでの運営費や人件費にあて、1年で借入金を返済することができました。そしてこの団体からピアカウンセリングや自立生活プログラムなどを学びました。
 
「障害当事者だからできる仕事」で稼ぐ
他の多くの自立支援系の団体では、障害者スタッフは生活保護で生活している人が多く、障害者の社会生活を良くするための「運動」が主体になっています。障害者スタッフの給料がいらない分、「運動」に資源を割くことができます。
しかし、私ははじめから、生活保護で生活することは考えませんでした。障害があってもなくても、いい家に住みたいし、いい車に乗りたかった。他の障害者だって、同じようにそういう欲望をもっているはずです。だったら、みんなで稼いで豊かになればいい。障害者も納税し、健常者と同じような生活をしよう。「運動」もしていきながら、収益活動にも力を入れていく。それが当センターの大きな特徴です。
障害者スタッフの給料が必要ですから、他のセンターよりも収益が必要で、何をして稼いでいくか、そのために自分たちで事業をつくっていくことがとても重要なのです。そして、その事業は、「障害当事者だからできる仕事」であることが、私たちの強みです。
 
自立支援センターおおいたの事業は「障害者自立支援」「別府・大分バリアフリー観光センター」「飲食店経営」の3つの柱で成り立っています。
「障害者自立支援」ではピアカウンセリングと自立生活プログラムを提供しながら、親元や施設で生活している人の自立を支援していますが、この自立支援に対する報酬はなく、ボランティアです。自立した人の希望により、自立支援センターおおいたの介助者派遣の利用者となっていただき、その介護利用料を基に自立支援をする、というサイクルです。中には、自立した後に自立支援センターおおいたで働きたいという方もいて、その場合は面接の上で採用しています。現在、センターは障害者スタッフ10名、健常者スタッフ30名で運営しています。
障害者の自立支援のほか、ユニバーサルデザイン・バリアフリーコンサルタントとして、ホテルや温泉、店舗、アパートやマンションのオーナーに対して、さまざまな提案を行っています。「別府・大分バリアフリー観光センター」もその一環で、バリアフリー旅行のコーディネイトや、バリアフリーの観光情報の発信、行政からの委託を受けて、バリアフリーのまちづくりのための調査やコンサルティングも実施しています。例えば高齢の祖父母を連れて別府の温泉宿に泊まる時、家族が入浴の介助をすると、その家族にとって、その旅行は自分が楽しむためのものではなく、介護旅行になってしまいます。そこで高齢者や障害者の温泉入浴の介助に介助者を派遣して、家族旅行をサポートする、ということも行っています。
 
自分が住めるユニバーサルデザインのマンションを、自分たちで建てる!
自分が車椅子生活になった時、住める家がありませんでした。障害者施設にいましたが、やはりいい家に住みたいし、自立した生活を送りたかった。そこで、「自分たちのアパートをつくろう!」と仲間を募ったんです。1人1000万円のローンを組んで、10人集まれば自分たちでアパートを建てることができる。結局、その計画自体は実現しませんでしたが、その後のユニバーサルアパート、ユニバーサルマンションの建設の構想につながりました。ユニバーサルデザインのマンションを建てて、その中に事務所も入れ、一般の人も住めるような設計にすれば採算がとれる。マンションのオーナーや個人投資家、企業経営者など、いろんな人に提案してまわりました。その結果、構想から10年くらいたって、建設会社を経営している社長が「それは面白い」とのってくれて、駐車場になっていた土地にユニバーサルマンションを建設することになりました。それが今のセンターの事務所があるマンションです。
このマンションが建ってから今年で12年経ちますが、こうしたユニバーサルデザインのマンションやアパートの建設はなかなか広がっていません。それは障害者や高齢者を対象にすることのリスクを恐れる人が多いからです。しかし、これだけ高齢化が進む日本で、高齢者や障害者をターゲットにした事業をつくっていかなければ、これからの不動産業界は生き残れないでしょう。そこにいかに目を付けていくか。ホテルだって同じです。私には今、自分が泊まりたいと思えるホテルがありません。たとえば、一日に迎えるお客は一組限定の、ユニバーサルデザインの温泉宿。ベッドだって普通の介護ベッドではなく、テレビモードや読書モードなどのリクライニング機能があるリモコン付セミダブルで、寝心地のいい高級電動ベッド。そういう発想のホテルが他にないから、つくったら泊まりたい人はたくさんいると思います。もちろん障害者だけでなくね。大きなホテルも全室をユニバーサルデザインにすれば、団体の高齢者や障害者も受け入れることができます。建設資金は若干上がりますが、稼働率が上がることでペイできるでしょう。でも自分たちで建てるには何億円も必要になりますから、ホテル業界と組んでそういうことができないか、これから模索してみたいと思っています。
 
飲食店経営で雇用をつくる
私たちの事業の3つ目の柱に「飲食店経営」があります。なぜ飲食店?とよく聞かれますが、それは自分たちが集まれる場所がなかったからです。障害があると、外出先でお店に入っても、車椅子では利用できずにそのお店を諦めることになったり、お店には入れても車椅子で旋回する事ができずにその場所から動けなくなり、周りに気を使ってばかりで楽しい時間を過ごす事ができない、ということがままあります。ならば障害当事者の意見を取り入れ、障害者の目線で設計し、障害がある人もない人も誰もが利用しやすい施設を自分たちでつくろうと、入り口からトイレ、各設備の細部にいたるまでこだわってつくったのがユニバーサルスペース「夢喰夢叶」(むくむく)です。
商店街の中という立地のいいところで、飲み会はもちろんのこと、カルチャースクールや会議室としてのレンタルや、カラオケや様々な貸切イベントの実施などをしています。ユニバーサルデザインにすることで、超高齢者社会の中、多くのお客さんを呼ぶことができます。高齢者や障害者も一人で行くわけでなく、多くの友人、知人、家族と一緒です。私が同窓会をする時に、クラスメイトが40人一緒だということもあるわけです。
さらに2013年から始めたのが、「夢現鶏」(むげんどり)という唐揚げの販売です。もともとは、私の友人が美味しいタレのレシピをもっていて、それを食べて「これはビジネスになる」と直感したのがきっかけです。マネジメント能力のある障害者であれば、自分自身に何かハンディキャップがあったとしても、健常者を雇用してビジネスをつくることができる。その意味では商品はなんでもよかったのです。唐揚げの仕込みなどの仕事であれば、知的障害がある人などを雇用することもできる。おかげさまで日本唐揚協会が実施する第5回からあげグランプリで「西日本味バラエティ部門・金賞」を受賞しました。
 
若い人をやる気にさせる
私は2015年に理事長職を退き、会長職に就きました。これからの自立支援センターおおいたの事業は、次の世代に作っていってほしいと思っています。自立支援センターとして障害当事者の声を発信し、障害者だからこそできる事業をもっとどんどんつくってほしい。そのためには、このセンターの強みや価値をどのように宣伝していけるか、企業や行政や、地域の人と組んでいけるかがが重要です。
私の場合は、自分自身がもっといい生活をしたい、美味しいものを食べたい、こういうサービスがあったら自分が受けたい、そういう自分の欲望こそが、事業をつくっていく発想の源でした。今の若い人はそういう欲望を前面に出すことが少ない。なので、とことん話して、背中を押してあげることが必要です。自分自身がどういう生活をしたいのか、どんな事業があったらワクワクするか。ハンディキャップがある部分は介助の手を借りれば乗り越えられます。発想や能力さえあれば、障害のあるなしに関わらず、自分で事業をつくっていくことができるはずです。これからの若いスタッフにはぜひ、チャレンジしてほしいです。超高齢化社会の中、バリアフリー、ユニバーサルデザインは必須です。障害当事者が、高齢者社会の道先案内人として、あらゆるバリアをなくしていって欲しいと思います。私も全室ユニバーサルデザインのマンションやホテルのコンサルタントや障害者のユニバーサルデザイン専門学校を作りたいと思います。
自立支援センターおおいたビジネスモデル

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