「先輩社会事業家のビジネスモデルを学ぶ」
第38回 社会事業家100人インタビュー
~自閉症支援に効果ある手法を実証して拡げる~
2015年4月2日(木) 19時~21時
於:(特)ETIC. ソーシャルベンチャー・ハビタット
ゲスト:竹内弓乃様・熊仁美様
(特)ADDS 共同代表
<ゲストプロフィール>
竹内弓乃さん
1984年香川県生まれ。2006年に、現在は共同代表をともに務める熊さんとともに学生団体KDDS(慶應発達障害支援会)を創立。同大学院へ進学し、自閉症児への早期支援をテーマとした臨床研究を行う。09年ADDSを創立。横浜国立大学大学院学校教育臨床専攻臨床心理学コースへ進学、出産を経て、13年同大学院修士課程修了。臨床心理士。
熊仁美さん
1984年東京都生まれ。大学2年次の心理学専攻にて竹内さんと出会ったことがきっかけとなり、自閉症児の家庭療育をサポートする学生セラピストとして活動を始める。2013年慶應義塾大学大学院心理学専攻博士課程単位取得退学。慶應義塾大学先導研究支援センター研究員。
<今回のインタビューのポイント>(川北)
自閉症児を直接支援するのではなく、その保護者や学生を支援者に変える学びを提供する、という立場をとるADDS。米国には豊富にある早期療育の研究事例をベースに、自らも実証研究と実践を重ねて専門性を高めながら、エビデンス(合理的な根拠)に基づく支援を拡げつつある。課題解決の効果とスピードを高めるためには、やみくもな努力や経験ではなく、合理的・科学的なアプローチが不可欠。先行研究をどのように活用し、自らの活動の効果に結び付けているか、その応用力と実証する力に注目して欲しい。
自閉症と早期集中療育との出会い
自閉症とは、言葉に遅れがあったり、特定の物事に強いこだわりを示し、コミュニケーションが成立しづらい症状がある障碍です。生まれてくる88人に1人は自閉症児であり、意外と身近な存在ですが、その症状や療育についての理解は進んでいません。親がお子さんの名前を呼んでも振り向かなかったり、癇癪がひどかったり、感覚過敏があると抱っこを嫌がったりなど、まず幼少期に保護者の方が困り感を抱えることが多いです。その障碍の特徴の現れ方や程度が一人一人違うということも理解されづらい要因ですが、幼少期は特に、周囲からは「様子を見ましょう」「お母さんがもっと話しかけてあげて」などと言われ、小児科医でさえ、自閉症をはじめとする発達障碍の見立てができ、療育機関や相談窓口へつなぐことのできる方は少ないと言われます。
やっと専門医にたどり着いて、一生治らない障碍だとわかった後も、「なぜうちの子が障碍をもって生まれてきたのか」「ひと言『ママ』と呼んでくれたら」など、親は大変悩みます。障碍を受け入れて、向き合えるようになるには時間がかかり、その間に、子どもの発達に非常な重要な時期を逃してしまっている例も少なくないのが現状です。
私(竹内)は大学1年生の時、大学の共済部で「言葉の遅れのある子どもに、遊びの中で言葉を教えるアルバイト」の募集を知り、楽しそうなアルバイトのつもりで応募しました。あるお母様が、個人で募集されていたアルバイトでした。面接に伺った時、開口一番「うちの子は自閉症です。自閉症は心の病気ではありません。先天的な脳の機能障害です。」と説明を受けました。その時、私は初めて自閉症という言葉を知ったくらいだったので、その男の子が米国で受けていたという療育をお母さんに教えてもらい、そのとおりにすると、目に見えて言葉が増えたり、できないことができるようになったりすることに感動を覚えて夢中になりました。
その子が米国で受けてきた早期集中療育とは、応用行動分析(Applied Behavior Analysis: ABA)という理論に基づいたもので、その効果が科学的に実証されている療育法です。専門セラピストが週に20時間以上お子さんの元へ通い、環境から大事なものを抽出して学習に結びつけることが難しい自閉症のお子さんに、構造化されたシンプルな環境の中で、簡潔な指示をだして、できたらしっかりほめることを繰り返します。このように小さな成功体験を重ねていくことで、約半数のお子さんが知的に定型発達域に達するという成果が、複数の研究で一致をみています。
ABAに基づく療育の成果は、IQ(知能指数)の上昇で示されることが多く、IQに注目することから、単に「お勉強のできる子」にするように聞こえるかもしれません。しかし小さい子どものIQは、「積み木を積む」「絵の中の犬を指さす」といったテストで、子どもの発達そのものを測定する指標になります。ABAに基づく療育は、アメリカではその他の作業療法や言語療法と比較しても、科学的に効果の検証度の高い(エビデンス・レベルが高い)介入方法であることが認められています。
日本では一般的に、お子さんが自閉症だと診断されると、親子で療育センターのような通所施設に週1回程度、少ない場合には月1回程度通い、療育を受けています。お子さんが施設で1時間から2時間ほどのプログラムを受けている間、保護者は別室で待っていることが多いです。ADDSで事業を開始する時に、自閉症児の保護者を対象に行ったWEBアンケートによると、お子さんが一番多く受けているプログラムは作業療法や言語療法です。中には、自分の子どもが受けているプログラムの内容を知らない親もいて、ABAに基づいた療育があることもほとんど知られていません。
米国でABAに基づく療育を受けていた男の子のお母さんは、こんなお手紙をくださいました。
「日本に帰る前、帰国して一番辛いことは、我が子がこれまで受けていたような療育を受けられないことだと思っていました。でもそれは違いました。帰国してみると、私たちが米国で経験して学んだことを、お子さんが幼稚園に入るような年齢まで知らない親御さんが多くいて、多くのお子さんの可能性が失われていることが一番辛かったです。」
幼少期にこそできることがあるのですが、待っているだけでは受けられないという状況に対して、ADDSは4つの事業を立ち上げ、早期の適切な支援によって、子ども達の可能性を広げられる社会の実現をミッションに掲げています。現在は、理事4名、正職員4名、学生セラピスト約30名とパートの家庭療育サポーター5名で活動しています。
学生団体から事業者へ
同じ頃、熊仁美は子どもの発達支援を志望していて、イルカセラピーを手伝う経験などをしていました。そこでは「子どもの笑顔が増えた」とか「気持ちが近づいた」というわかりにくい指標で成果が語られることに疑問に感じていましたが、竹内と出会ってABAを知り、自分のやりたいことはそれだと確信しました。そこからは、共に学生セラピストのアルバイトをすることになりました。保護者の方のネットワークで、こんな学生でも療育のために家に来てほしいという依頼をどんどん受けるようになり、支援者が圧倒的に少ない日本の現状を知りました。授業では理論を学び、スキルアップに取り組むために、毎日、キャリーバックにバイト代で買った沢山のおもちゃを詰め込んで、それぞれ10家庭以上も受け持って、自閉症児の家庭を飛び回りました。顔を合わせれば、子ども達の支援について何時間でも2人で話し合い、いつかこれを仕事にできたら、と思うようになりました。
2006年、学生の立場でもできることがあると慶応発達障害支援会(KDDS)を設立。学生セラピストを養成して、家庭に紹介したり、子どもたちを集めて集団イベントを開催する活動を始めました。今一緒に活動している他の理事2人にも、KDDSで出会うことができました。翌07年、KDDSを運営しながら継続的な支援を行っていくために、竹内と熊は大学院に進学。大学院での研究が、現在の研究機関との連携の基礎となっています。
09年、修士課程修了を機にADDSを設立しました。米国式の、週に20時間以上専門家が療育に関わる方法は、確かに効果は実証されているのですが、大変お金がかかり専門家の数も足りません。私たちは独自の早期療育プログラムを考案する必要があり、NEC社会起業塾(現・社会起業塾イニシアティブ)に8期生として参画。そこでミッションを意識した事業展開を叩き込まれました。事業と並行して専門性を高めていこうと、竹内は横浜国立大学の臨床心理士コースに、熊は慶応大学の博士課程に進学しまし、プログラムを提供しながら、その成果を5年間にわたって丁寧に蓄積してきました。11年に特定非営利活動法人の認証を受け、現在は児童福祉法の児童発達支援事業の枠組みを適用し、利用者負担を抑える形でサービスを提供しています。
現在のADDSの早期療育プログラムには3つのポイントがあります。
一つめは、家庭を療育の現場にすることです。通所型の療育機関での指導に組み合わせて、保護者がよい支援者となり家庭で療育を実践できるように、保護者トレーニングを重視します。保護者が主体的に運用する家庭療育を、私たちの養成した学生セラピストがサポートしています。自分達自身が学生セラピストだったので、学生でも実効的なサポートができることはわかっていました。専門家はその二者に対して専門的なコンサルテーションを行います。親ができることを親が担うことで、お子さんへの介入時間を増やすことができます。ADDSのプログラム参加期間、家庭での平均介入時間は週10時間となっており、IQは1年間のプログラム参加前後で、平均して20ポイント以上上昇するという結果が出ています。初めにご紹介した海外の研究成果よりもかなり少ない介入時間で、同等の成果が出てきています。
二つめは、あえて、プログラムの受講期間を1年間に限定したことです。保護者が指導することを前提として、依存関係を生まない目的があります。関わるお子さんが入れ替わるので、多くのお子さんを受け入れられる。ご家庭の継続的な費用負担も少なくて済みます。
最後に、世界にも類のない効果をあげている理由に、お子さん一人ひとりに合わせた綿密な課題構成があげられます。お子さんの発達水準を領域ごとに細かく見極めて、発達の突破点を見つけて促進するような課題を構成するには高度なスキルが必要で、専門性のあるスタッフがきめ細かくアセスメントと課題構成、更新をおこなっています。
未来の自閉症支援の担い手を増やすために
昨年、ADDSは設立5周年を迎え、これまでの西新宿に加えて、荻窪にもう一か所施設を開所しました。ADDSのプログラムの効果は実感していますが、5年間で支援することができたお子さんは150人程です。必要とされている子どもの数を考えると、直接支援だけではどうしても間に合いません。
ADDSは支援者の学びの場となり、最終的にはADDSがなくても、ABAに基づいた効果的な支援が社会に広がるような文化をつくっていく必要があると考えます。
セラピストとして関わってくれている学生たちは、自分達で成果を蓄積して、自律的に新しい学生を募集したり、相互学習したりなど、ちゃんと団体運営を行っています。学校の教師になったり、療育機関に就職していく学生たちもでてきました。学生セラピストからADDSへの就職者も現れ、即戦力となってくれています。また、保護者のコミュニティから卒業する人もいて、先輩ママとして情報発信してもらうために「Hutte(ヒュッテ)」というウェブサイトも設けました。今後は、学生の起業を支援したり、地域での成果をだして自治体単位での模倣を促すなど、事業のスケールを拡大していきます。
自閉症児の療育に保護者が主体的に関わる文化を広げたいのですが、まだまだ、日本は自閉症のお子さんを持った親が最初の一歩を踏み出しにくい社会です。お子さんの成長を感じられたときに、「ドキン!」とする感動、昂揚感、幸福感、お子さんをたくさん褒めて「できる!」を増やすことに夢中になるきっかけを保護者の方に感じて欲しい。そんなひとつめのスイッチを届けたいと考えています。
(文責:前川)